138:小中学校が再開

2020年6月9日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.138

 六月一日、中学二年生の次男が北京日本人学校に登校した。だが、全学年で一斉に通学が許可されたわけではない。受験生優先のため中学三年生は五月十一日から、小学六年生と中学一・二年生は六月一日から、小学四・五年生は六月八日からと段階的に通学が許可された。小学低学年への通学許可はまだ出ていない。
 北京市内はすでに「低リスク地区」と判定されているが、学校などはクラスターが発生しやすい環境にあるため、政府は慎重すぎるくらい慎重に少しずつ許可を出している。倒産や失業を抑えるために生産現場などの企業活動はおおむね解禁したが、学校の場合はオンライン授業が定着してきたこともあり、通学の完全回復は後回しになっている。
 以前の登校時には、警備員と教頭先生だけが校門前で子どもたちの登校を見守り、他の先生は校舎内で授業の準備などをしていた。しかし、今は、㈰校門前で児童生徒が持参した毎朝晩の体温や健康状態を記入した表をチェック、㈪サーモグラフィーによる検温を通過して校門内へ、㈫校門内で、非接触型体温計による検温という三段階チェックをパスして初めて校舎内に入れるという徹底ぶりだそうだ。
 次男が前回登校した最終日は一月二十三日。一月に北京日本人学校に転校したばかりで、通学したのは七日間。そして春節休みとコロナ旋風で、実に四カ月以上も自宅にこもっていた。友達を作る機会もなかっただろうから、クラスメートや先生に会えないことをさほど寂しいとは感じていないようだった。それでも、通学するようになって生活のリズムも戻り始めた。学校で先生方や同級生たちと実際に交流することで学べることも多いはずだから、このまま通学が継続できることを願っている。
 話は変わり、私が管理しているゲストハウスは営業自粛による閉鎖から四カ月が過ぎた。六月一日にはスタッフ全員が無事に戻ったが、構造上の原因で営業再開の許可はまだ出ない。周辺のホテルは破産以外は営業を再開し、新しいホテルへの加盟も増えているが、うちは遅れをとっている。
 閉鎖中の四カ月間の家賃は免除されたが、赤字は膨らむばかりだ。コロナの影響で世界中で既成概念や価値観が変わりつつある。私自身は何を守り、何を手放すのか、過去と未来の人生について問われている気がする。

137:北京の「準封鎖」が半解除

2020年5月12日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.137

 中国の新型コロナ制圧情報は疑わしい、公表されるデータは信憑性がない、世界にはそう言う人もいる。

 しかし、北京で唯一「高リスク」として残っていた朝陽区においても、四月二十九日には十四間連続で地元住民の新規感染者ゼロを達成したと発表され、これにより北京市全体が「低リスク地域」となった。実際に翌四月三十日から「準封鎖」が「半解除」された。

 準封鎖というのは、外から北京に入る全員に正確な移動ルートの報告と十四日間の健康観察という名の隔離が義務付けられていたという意味だ。市外からのウイルス持ち込みを防ぐため、団地や建物の進入口を限定して二十四時間体制で監視が徹底され、登録済みの居住者以外は誰も敷地内へ立ち入ることはできなかった。

 半解除とは、湖北省や武漢市からの入境者と海外からの帰国者を除けば、隔離が不要になったという意味だ。これら「高リスク地域」からの入境者は、今後も厳重な隔離・監視体制の下におかれる。ちなみに、特殊な例外を除き、外国人のビザは失効されたままなので、海外から外国人が中国大陸に入ることはまだ許されていない。

 これでやっと、隣接する河北省の実家に行っても安心して北京に戻れる。孫たちに会いたがっている義父母からの強い希望もあったので、子ども達を連れて帰省することにした。

 今年の五月の連休は五月一日から五日まで。連休中は高速道路の通行料が無料になるため、交通量も増えがちだ。さらに、北京の準封鎖が解除されたばかりということもあり、初日の北京へ入る検問所では十一時間待ちだったという恐るべき情報を小耳に挟んでひるんだ。幸なことに六日は次男のオンライン授業が中止になったので、五月四日に出発して、出勤日のため高速も有料に戻り交通量も減るであろう六日に北京に戻ることにした。

 五月四日、北京からの下りは普段通りで、約三百五十をいつものように四時間半でスムーズに走ることができた。途中、上り車線の北京検問付近では八ほど渋滞していた。河北省に入ると、マスクの着用率は八割程度、郊外の住宅エリアでは誰もマスクをしていなかったので驚いた。

 五月六日、朝九時半に出発した。途中、渋滞を避けて一旦高速道路を下りて再び進入する迂回ルートを選択した。再び高速に乗ってしばらく走ると北京入境の検問所があり、体温測定と身分証と運転免許証を提示しなければならなかった。普段ならパスポートと免許証を見せるだけだが、今回はダメ。全員が窓口に行き、パスポートの本人確認と、中国への最終入国日や会社や学校など所属まで細かく確認された。それでも、北京ナンバーの車で、登録している居住地も北京だったので問題にはならなかった。

 その後は驚くほど順調で、結果は予測を遙かに下回る、たった六時間で北京の自宅に戻ることができた。五十歳を過ぎて片道六時間の運転はしんどかった。だが、子ども達は春節にもらうはずだったお年玉をもらって大喜び、義父母も久しぶりに孫たちに会えてとても喜んでくれた。

 半解除となっても、映画館やカラオケ等の娯楽施設、サッカー場やジム、水泳等のスポーツ施設、屋内の文化観光施設、市や省を跨ぐ旅行や、国内外への団体旅行、飛行機とホテルをセットにした旅行業等、まだ再開が許可されていない事業も多い。私の宿は閉鎖して三カ月が過ぎた。全人代が無事閉幕した六月に再開できることを願うばかりだ。

136:武漢解放

2020年4月14日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.136

安倍首相が七都府県の緊急事態宣言を行った翌日の四月八日、湖北省武漢市の都市封鎖が解除された。当時武漢に残っていた九百万人は、七十六日間街の外へ出ることはもちろん、生活物資の購入のための外出すらままならなかった。感染者はもちろん、濃厚接触者など感染の疑いのある場合は、ドアの外へ出ることも許されなかった。

 現在までに、武漢市内だけで五万人が感染し二千五百余人が命を落としている。当初、感染者の急増と、病院に患者があふれて適切な医療も受けられないと発信する人が相次ぎ、人々はコロナウイルスを心から恐れた。政府の通達や指導はあったにせよ、なにより生死に関わる問題だと自ら判断し、危機感や恐怖感を抱いていたからこそ、長期にわたる自主隔離や、何ら補償もないなかでの店舗閉鎖や休業に従うことができたのだと思う。減税や社会保障費の一部減免などは後から出てきた話だし、隔離中の人にも給与などを払えという通達はあるが、企業や個人にいくら給付するとか、補填するという話は未だに聞かない。倒産する店舗や企業、失業する人は続出するだろう。しかし、命あっての今後の生活、命あっての経済だ。

 感染が収束に向かう今、彼らは知人友人の死を悼みつつも、武漢人総出で長い封鎖を乗り切ったという達成感に安堵している。彼らはとても大きな代償を払ったのだ。それを、彼らはウイルスを発生させ拡散したのだから自業自得だとか、被害を受けたから補償しろと責めることは、防御のチャンスはあったのに、あなた自身がその時に適切な措置を取らなかったのだから認識ある過失だと反論することと同様に虚しいことだ。

 ところで、武漢に足止めされた人のうち、北京に戻る予定の人数は統計で一万一千人いるそうだ。封鎖解除を機に、彼らが一斉に北京へ戻れるかというと、実はそう簡単でもない。

 空路の場合、武漢から北京へ飛ぶ直行便はまだ回復していない。他の都市経由で乗り継ぎするしかなく、乗り換えのたびに体温等の厳重なチェックを受けるだろう。そもそも、機内の密閉空間は誰もが避けたいので、現実的ではない。

 高速道路の場合、核酸増幅検査(NAT)の陰性証明書がなければ、通行検査をパスできない。ナビによると、北京まで渋滞なしで約十三時間、約千二百キロだ。そもそも、宿泊せずに移動するのは容易ではないし、宿泊地で安全観察目的で足止めされるリスクすらある。

 鉄路の場合、北京直通の高速鉄道は回復したものの、乗車率は五十%に抑えられ、北京で下車できるのは毎日千人までに制限されている。千枚限定の北京行きチケットだが、七日以内にNATを受けて陰性証明書がなければ購入もできない。購入できても、駅構内への立ち入りや列車内など、至る所で本人確認や体温検査などのチェックを受ける。北京に到着しても、専用のエリア別バスで送り届けられ、自由行動はできない。居住団地に到着後は、担当者に監督義務が引き継がれ、そこで新たに十四日間の完全隔離が始まる。居住先が寮などで完全隔離ができない場合は、指定の隔離ホテル行きとなるが、滞在費用は自己負担だ。感染が確認されれば公費で治療となるが、それまでは自費なのだ。十四日後に再度NAT検査を受け、陰性が確認されてはじめて外へ出ることが許される。

 このように、武漢が解放されたからといって、直ぐに以前のような自由行動ができるわけではない。北京でも、街中に人の流れが戻り、営業を再開する商店やレストランが益々増えてはいるが、政府の監視とコントロールは一向に緩む気配がない。一部の学校ではオンライン授業が始まっているものの、校舎や敷地内へは立ち入りは依然禁止のままだ。

 それに比べて、いまだに日本全体の危機感は薄すぎると感じる。特に旭川は今のところ集団感染も報告されていないようだし、自分は大丈夫だと思う人が過半数なのではないだろうか。何もしなくても今のままで本当に大丈夫かもしれないし、それがベストではあるが、外部から人の流入がある以上、感染拡大リスクは確実に存在している。

 実際のところ、せめて空港と駅に体温測定器を設置できないものか?発熱している人を水際で発見できれば、本人の早期治療のきっかけにもなるし、市民の安全と健康を守る助けになるはずだ。市街へ通じる全ての道路のチェックは現実的でないとしても、コントロール可能な空港と駅ですら無防備のままでいるのは、リスク管理の意識と、想像力が欠如していると思えてならない。

 世界では百五十万人が感染し、死者は十万人に及ぶ勢いで、先が見えない状態だ。とうとう、コロナは環境破壊を止められない人類の動きを止めて地球を再生させるために、地球が自救モードへ入ったサインだという人も出てきた。デマや陰謀論が飛び交い、終末論まで出てきたが、自宅でじっくり家族と過ごしたり、生死や人生を真剣に考えるチャンスとなったたことで、多くの人の価値観や習慣を変化させたことは確かなようだ。

135:北京は最終段階に

2020年3月10日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.135

 三月五日、安倍首相はとうとう中国・韓国からの入国者への隔離を発表した。訪日ビザは失効となるため、中国人と韓国人は事実上入国できなくなる。習近平主席の訪日や、観光産業への配慮もあったのだろうが、時間がかかり過ぎた。

 武漢では少なくとも三週間早く対応できたはず、そうすればここまでひどくなる前に防げただろうと言われている。当初は中国政府も甘く見ていたのだろう。武漢封鎖の直後、中国全土で湖北省、特に武漢から来た人の捜索が始まった。私は宿泊業なので、宿泊客全員に対して、最近武漢周辺に立ち寄っていないかどうかを確認する義務が生じた。もしも該当者がいたら、すぐに体温検査をし、通報しなければならないという通達があったからだ。地方では道路を封鎖して村ごと自己封鎖したり、該当者をみつけて報告すると懸賞金をつけた地区もあった。それほど急激に、誰もが危機感を持ったのだ。

 あれから一カ月以上が過ぎた。食材販売や生活インフラ企業を除き、一週間だった春節休みが二週間になり、三週間へと延長された。食料品以外の物流は止まり、会社は休業、食材購入以外の経済活動ができなくなった。それでも、武漢市民や医療従事者がウイルスと闘っているのだから、自他防衛のためには止む無しと、誰もが自宅に籠もった。

 二月下旬になり、企業活動が少しづつ解禁された。テレワークの推奨や、職場での感染防止対策などの条件もあるが、通勤の車は確実に増え、地下鉄にも少しづつ乗客が戻ってきた。

 三月に入った今も、レストランやホテル等のサービス業は管理会社や上級部門の許可待ちで閉鎖中が多いが、北京の街は息を吹き返そうとしている。ただし、経営者は資金繰りの悪化による破産、社員はリストラ、非正規労働者は生活破綻といった危機に直面していることに変わりはない。それでも、武漢の悲劇に比べれば幸運なほうだ、そう思う人が多いのだと思う。仕事を失うかもしれない危機を悲観するよりも、新しい料理に挑戦したり、免疫力を高めるために運動を始めたりと、前向きに過ごそうとする人が目立つ。それもまた中国の底力なのだと思う。

 北京では着々と収束に向かっているとはいえ、これまでの我慢が無駄にならないよう、最終段階になって管理が更に厳しくなった感もある。通行証の提示や体温検査などの確認が緩むことはない。日本や韓国などの感染拡大によって、外国人への草の根調査が始まった。携帯電話に居民委員会や派出所からパスポートやビザの有効期限、入国日、フライトナンバー、体温などの問い合せがあった。幸い、息子を呼び寄せてから一カ月以上経っていたので事なきを得た。

 日本の感染拡大を心配する声がより多くなってきたことを実感している。友人たちから北海道の実家を心配するメッセージが直接届くようになった。先日は、大量の検査キットを北海道に送りたいという相談もあった。北京でマスクはまだ品薄だが、アリババの創設者は日本に百万枚のマスクをお返しすると発表した。日本の中国語新聞にも「日本人にマスクを残そう」という意見広告が掲載された。中国在住の中国人はもちろん、日本在住の中国人は、より一層日本の感染拡大に心を痛めている。

134:新型コロナウイルスで非常事態(4)

2020年3月3日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.134

 恐れていたことが現実になった。ついに北海道各地で、そして旭川でも感染者が出てしまった。道内でも市中感染が広がっているようだ。

 つい半月前、緊急支援を決めた日本政府や自治体、日本人有志に対し、中国人は心から感動し、感謝と尊敬の念を抱いていた。「日本は礼儀正しく秩序がある社会、中国とは雲泥の差」「日本万歳」くらいに言っていた人たちが、今では「日本の政府って、もしかして中国以下?」「中国政府は権限があるが、日本政府には能力も権限もないようだ」と言い放つ。そして、今では日本と韓国が「感染地」として、入境者は隔離、監視対象となった。まるっきりの立場逆転だ。

 旭川で最初の感染者が「とんかつ井泉」という店名を公表したことは、日本国内のみならず、日本のニュースを注視している中国人の間で高い評価を得た。札幌や函館市長の会見が全国ネット(つまり海外でも)放映される中、いまのところ西川市長の会見を見ていないのが残念だが、井泉のおかげで、旭川の知名度と旭川市民への好感度は着実に高まったと言えるだろう。

 そして鈴木知事が公立小中学校の休校と「責任は私が負う」と宣言したことで「やっと日本にもリーダーらしいリーダーが出てきた」と称賛されている。鈴木知事の経歴や若かりし頃の写真まで飛び交うほどだ。鼻が高くなったり低くなったりで忙しい。

 今後の方向性は大きく二つある。一方はこれまで通り個人の自由や権利を守りつつ、既存のルールに従い、政府からの指導や指示を待って対応するもの。民主主義らしく、手順を踏んで慎重に動くというものなので、一見リスクは少ないように見える。

 もう一方は、緊急かつ高度な政治判断を理由に、個人の自由や権利を侵害することになっても、目前の危険排除を最優先するものだ。例えば中国のように、街を封鎖し、市内は通行制限、民間企業も通勤禁止、学生は自宅学習、病院と生活物資やインフラを維持し、行政と警察は市民の生活と安全を守る盾になる、とか…。

 この荒療治は「自分は関係ない」と思っている人からの抵抗を抑えなければならないため、信念とともに強い権力が必要だ。当然、財政面でのサポートも必要になるので、困窮している財政をさらに圧迫させることになる。やり過ぎだと非難を受けて失脚、悪名を残す可能性もあるから、誰もやりたくない。習近平主席だってやりたかったとは思えない。しかし、手を緩めてしまうと、効果は減少し時間も余計にかかりかねない。

 昨夜、道南に住む友人から電話があった。私にマスクを送った数日後に発熱しはじめて、もう十日になるという。病院に行ってもコロナの検査ができず、出勤できる状態でもないので、やむなく自宅で個室に篭って解熱剤で対処しているそうだ。体力はもちろん、気力を持たせるのが大変らしい。苦しそうな声に胸が詰まった。

 コロナの難点は、知らない間に感染し、無意識下で感染拡大に加担しまうことだ。今や地球上で絶対安全な場所も人もいない。「文化や経済の維持発展は重要ですが、市民の皆さんの命と健康はもっと大切です。市内から重篤者や死者を一人も出さないために、あらゆる手段を取るつもりです。全責任は私が引き受けますから、どうか私に力を貸してください」と言えるリーダーと、信じて従う市民の両方が必要なのだと思う。いま、日本の民主主義が問われている。

(緊急報告・終わり)

133:新型コロナウイルスで非常事態(3)

2020年2月25日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.133

 ●二〇二〇年二月十三日、食材購入のためイオンへ。野菜などの食材はいつも通り山積み。

 食材を職場へ配達し、当直中のスタッフ二名と、隔離中の宿泊客三名全員の無事を確認。

 上海市長の湖北省トップへの異動で感染者の洗い出しが進んだためか、湖北の新たな感染者が一夜にして突如一万四千人超え。真相に近づいただけ、という冷静な反応多し。

 ネットニュースで寄付にまつわる美談が続くなか、極貧の独居老人が全財産を寄付したという記事が相次ぎ「受け取る側の気が知れない」と炎上。

 北京市内の累計感染者は三百七十二名、退院は七十九名(約二割)、他の疾患が原因という一名が増えて死者四名に。

 ●十四日、これまでに全国で千七百十六名の医療スタッフが感染したと発表。感染者総数の約三%。武漢で快復した医療スタッフ十九名が血漿を献血、有効治療への期待が高まる。

 外地から北京へ戻った場合、十四間の隔離観察が強制化、従わない場合は責任追及。ビルや団地などの入り口で本人確認と体温検査の徹底がさらに進み、部外者・マスク不携帯・発熱者は一律進入禁止。抵抗者は通報されて刑事責任。

 北京日本人学校から通知、三月一日まで臨時休校へ。

 ●十五日、食材購入のためイオンへ。のち職場へ配達、全員の無事を確認。

 フランスで湖北省からの中国人観光客が死亡。湖北省黄岡市で、さらに病院二カ所を専門病棟に改造と発表。上海や北京でも建設の噂あり。

 ●十六日、雲南ネットで、百の新鮮野菜と激励メッセージを積んだ救援車両が湖北へ出発と報道。寄付や支援のニュースがあふれ過ぎ、かえって不安に。市内の累計感染者は三百八十一名、うち三割の百十四名が退院。

 ●十七日、食材購入でHemaスーパーへ。生鮮品が豊富でトマトは九品種。この建物のなかで営業しているのは地下のスーパーとユニクロとマクドナルドだけ。ユニクロは顧客ゼロ、マックは配達員が出入り。食材を職場へ配達、無事を確認。

 生活インフラ業種以外も通勤が解禁されたが、引き続き時差通勤、在宅勤務を推奨。

 日本政府が五機めのチャーター便で防護服などの支援物資を輸送。多くの中国人が「もう寄贈しないで自国で使って」とコメント。以前の反応は純粋な感謝だが、クルーズ船の状況と日本国内市中感染のニュースを受けて、「これからは日本がヤバイ」という認識に。

 国家衛生健康委員会によると、湖北省を除く新たな感染者合計数は十四日間連続で減少、初めて二桁台に。

 ●十八日、私が経営するユースホステルの建物を所有する大学側から、外地のスタッフは当面北京に戻るなと指示、業務再開は四月以降の見込みと返答。

 嵐の北京公演が中止に。かつてSMAPの北京公演で強く感じたが、首都北京での公演は良い意味での政治的配慮があったはず。解散前の過密スケジュールのなか、もしもリベンジができたなら、その効果は倍増、日中の友好関係はより強固になるだろう。

 国務院が企業の社会保険料を段階的に減免すると発表。しかし、よく読むと限定的、時間稼ぎで焼石に水と判断。一瞬でも期待した自分の甘さを猛反省。

 武漢武昌病院の院長で、感染により同済病院ICUで治療を受けていた劉智明院長が殉職。既に死亡したナースは、一家六人のうち四人が死亡、二人が病院で隔離中らしい。

 全国で初めて新たな治癒数が新たな感染数を超過、ただし、全国の累計感染者は既に七万人超、うち一・二%は自覚症状もない。北京市内の累計感染者は三百九十三名、退院は百四十五名(約三十七%)、事態が改善していることを信じたい。

 ●十九日、イオンで食材を購入して職場へ配達、無事を確認。宿泊客は来週以降、順次出社予定とのことで今後の隔離封鎖は困難に。よって来月の宿泊延長には対応できないことを通達。予約受付中止を三月末まで延長。

 北海道から届くはずのマスクは、既に二週間以上、東京国際郵便局で足止め中だ。

 新京報は、武漢でこれまでに十二のコンテナ病院が稼働、ベッド数は二万床を超えたと発表。

 ウオール・ストリート・ジャーナルは中国を「真のアジアの病夫」と表現。中国側の抗議、撤回・謝罪要請を無視したとして、政府は北京駐在の記者三名の記者証を無効に。

 中国国内の死亡者が二千人を超える。

 情報隠蔽で被害を拡大した中国に最大の責任があることは明白だ。しかし、日本のニュースを見ていて、対応へのもどかしさも否めない。北京で企業活動の停止命令や移動制限など、強権発動に振り回されているものの、人々の多くは止むを得ないと理解している。被害をこれ以上拡大させず、早く収束させるには、早急な強権発動が必要、そういう状況なのだ。中国人がいま一番心配しているのは日本だ。中国に送り日本国内のマスクが不足していることに、多くの中国人が心を痛め、心配している。

132:新型コロナウイルスで非常事態(2)

2020年2月18日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.132

●二〇二〇年二月一日、食材購入のため、鮮度と高品質で人気の、アリババ・タオバオ系のHEMAスーパーへ。ごく一部の日用品が品薄だがそれ以外は問題なし。特に食材は果物と野菜安売りコーナーが充実、買い物客の数も多く、全員マスク着用を除けば平常通りの印象。

 青少年は感染しないと言われていたのに、北京で生後十カ月の嬰児が感染したと報道された。市内の感染者は百八十三名に。

 中国政府は幼小中高大の授業再開延期に関し、未成年者のいる家庭は出勤開始後も保護者のうち一人は子女看護を理由に自宅待機を認めることと、期間中は通常の給与支払と解雇禁止を通達。これにより中小・零細企業の倒産件数が増えるだろうと推測。

 広西省では、感染の疑いがあるのに申告も感染予防措置も取らなかったとして四十一歳の男を国家安全危害罪で立件。有罪の場合は最悪死刑。

 ●二日、中国国外で初の死者、四十四歳の中国人が昨日フィリピンで死亡。ドイツの感染者十名、アメリカの感染者九名。北京の感染者は二百名を超え、二百十二名に。

 ●三日、北京復興病院のICUで新たに九名が集団感染、うち五名は医療関係者。発表によると、北京の集団感染は四十一件、百二十四人で感染率は五〇%以上、主たる感染源は家族・職場。

 四川省では、武漢から来たことを隠して三十名以上の医療関係者に濃厚接触したとして、六十九歳の男が刑法、伝染病予防法、治安管理処罰法などを理由に責任を追及と報道。

 ●四日、設計から完成まで十日間という突貫工事で建設された武漢の火神山病院が患者の受け入れを開始。国家衛生健康委員会(衛健委)は、死亡例の八〇%以上が六十歳以上の高齢者で、その多くが持病を持っていたと発表。

 長春でも、武漢から来たことを隠し、報告も自主隔離もせずに外出して五人に感染、多数を隔離観察にさせたとする男を国家安全危害罪の疑いで立件。同罪で立件されるケースが各地で発生。

 福建省規律監督委員会は、省疾病予防コントロールセンターの対応不足を理由に百七十名を処分したと発表。たとえ見せかけにせよ、不作為を理由に公務員が大量に処罰されることに驚く。香港で初の死亡者、三十九歳男性。世界の航空会社四十六社が中国便の運休を宣言。

 ●五日、北京市疾病予防コントロールセンターは市内の感染者居住エリアを公表。しかし、公表されたのは一部の新規報に過ぎない模様。私的に回っている内部情報によると、感染者の居住エリアは北京全市にわたり、私の住む団地にも感染者がいる。公表された北京市内の感染者は二百七十四名。

 ●六日、河南省でも十一日間という工期で建設された病院が稼働開始。武漢を統括する湖北省副省長は、これまで中国全土から百七の医療チーム、一万余人が到着し、救命活動に従事していることに感謝を述べる。

 ●七日、食材購入のためイオンへ。シイタケなどの生菌類が品薄と売り切れ、他はすべて購入。

 政府は感染患者の個人負担費用の六割補助、医療関係者の労災待遇、レストランと宿泊施設等の優遇税制、寄贈貨物の関税免除など十二項目にわたる国民優遇政策を発表。人力資源社会保障部が、隔離や治療で業務に対応できない社員にも通常通りの給与を支給するようにと通達。北京の感染者は三百十五名、退院三十四名、死亡は一名(九十四歳女性)増えて二名に。

●八日、衛健委は、統一名称「新型コロナウイルス肺炎」、英語名「NCP」を発表。上海疾病予防業務発表会で、飛沫感染とエアロゾル感染を懸念。国家郵政局が郵便事情は二月中旬に四割以上回復の見込みと発表。

●九日、北海道料理店を経営する友人から連絡。店の前の道路が封鎖され、住民でないと店に近寄ることもできず再開のメドが立たないからと、冷凍のウナギやホッケを無償でもらう。ホッケはもともと入手困難なのでとても有難い。付近の京客龍スーパーで野菜と冷凍食品を購入、食材も顧客もあふれてレジは混雑。

 中国疾病センターは、エアロゾル感染、糞口経路を「デマとは言えないが確認されてもいない」と否定。

●十日、一般企業も出勤が解禁されたため、道路には車が増加。地下鉄の乗車率は一〇%未満と報道。北京の感染者は三百四十二名に。退院は四十八名、死亡は一名(八十四歳男性)が増えて三名に。

●十一日、食材購入でイオンへ。消毒液は山積み状態。食材はチーズ・バター類が品薄だが、他は通常。前回品薄だった各種のキノコ類も豊富に陳列されている。買い物客は普段より若干少ない程度。封鎖中の職場に食材を届け、異常なしを確認。帰宅途中、マスクを顎にかけた半グレ男女がマクドナルド前でブラブラしていたが、誰かに通報されたのか、警察官三名に連行されるのを目撃。全国での死亡者が千人を超える。北京の感染者は十人増えて三百五十二名に。

●十二日、朝日新聞がネットニュースで「白菜一個が千円」と物価の高騰を前夜に報道。北京在住の友人から「不安を煽る記事だ」と連絡。一応フェイスブックで反論してみる。SARSの時は食塩がなくなるというデマで全国で買い占めが起きて高騰したが、今回は食料品も日用品もほぼ平常通り。市民生活を守るために政府が目を光らせているものの、スーパーの関係者が普段以上に努力していることも強く感じる。

 外務省が、中国全土の邦人向けに一時帰国の至急検討を発表したため、スマホには関連情報が飛び交う。日本への帰国が待ち遠しい人もいるだろう。しかし、感染しても自覚のない場合や、検査で判別できない場合があるので、帰国してもバラ色の生活とはいかないだろう。おそらく、周囲に心配や迷惑をかけ、自身もやり切れない思いが倍増する、そんな予感がする。 

 十三日午後四時現在、全国の累計感染患者は五万九千八百九十五名、うち重症患者は八千二百四名、死亡は千三百六十八名。北京は累計患者三百六十六名、治癒は六十八名、死亡三名。

131:新型コロナウイルスで非常事態(1)

2020年2月11日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.131

 ●二〇二〇年一月十九日夜、仕事が終わり帰宅すると、旭川から北京へ呼び戻したばかりの次男が、三十九度を超える発熱でぐったりしていた。コロナについては知っていたが、関連なしと判断。

 ●二十日、病院へ連れて行くか迷ったが、流行中のインフルエンザウイルスを拾う恐れがあり躊躇。ひとまず学校を休ませ、薬を飲ませて自宅で看病。午後、果物を買いにイオンへ行ったが、誰もマスクをしていない。春節直前で食材も贈答品も大量に陳列してある。夕方、熱が下がり、私は打ち合わせのため外出。日系の飲食店も含め、いずれも通常通り営業中。

 夜のニュースで、習近平首席が新型コロナウイルスに関する指示を発表。春節の雰囲気が一変してなんとなく不穏な空気に。ただし、SARSに比べて致死は率低く切迫感なし。北京市内の感染者五名とのこと。

 ●二十一日朝、次男が完全に快復した。咳はなかったが、念のためマスクをつけて学校へ。マスクを入手しようと、イオンへ寄ったら残り三袋。一袋三枚入りで日本円で千二百円。高いなあと迷っているうちに残り一袋に。ひとまず購入。食材やほかの日用品の在庫は十分。マスクの着用率は半数以下。北京の感染者は十名。

 ●二十二日夕方、再度イオンへ行ってマスクを確認、入庫は無し。イトーヨーカドーにマスクがあると聞き、直行。三種類のマスク、消毒液などがあり。大量にあるので奪い合う雰囲気もない。マスクを三十袋(約二百枚)とフロント用に手洗い用と拭き取り用消毒剤を購入。インターネットで赤外線体温計を購入。

 ●二十三日、北京日本人学校の春節前最終登校日。教員は全員が、学生と保護者は過半数がマスク着用。春節休暇は一週間、三十一日から授業再開の予定。内装用の資材量販店へ行き、隣接するカルフールに寄る。駐車場は通常通り、駐車スペースの空き待ちで待機。店内は人だかり、マスクは品切れだが食材は豊富、レジ待ちで三十分以上、マスク着用はまだ半数程度。

 同日、北京市文化観光局が、市内の大型イベント開催中止、特に二十五日(旧暦の正月一日)から予定されていた縁日の市は全て中止、故宮や国家博物館などの名所も閉鎖を発表。航空局が購入済みフライトチケットのキャンセル無料を通達。この通知を境に、北京全体が明らかな危機感に包まれた印象。ホステルの宿泊滞在客は十名程度、毎日出入りしている。新たに上海経由のオランダ人二人もチェックイン。私はこの日から夜勤の当直、万が一のことを想定し、緊張して一睡もできず。北京の感染者は二十六名。

 ●二十四日朝、徹夜のせいか体調が思わしくない。毎年この時期は発熱して寝込むが、心配かけるので帰宅。夜には三十九度を超え、翌日も熱が下がらず結局二日間寝込む。ホステルでは、オランダ人の宿泊客が予定を十日も早く切り上げて帰国。他の予約もほぼチェックアウト済みか予約キャンセル。残るのは長期滞在の三名のみ。感染リスクを抑えるため、新規宿泊客の受け入れ中止を決断。中央政府より今年の春節は集まるなという御達し、北京政府は最高警戒レベルを発表。感染者は三十六名。

 ●二十五日、感染者は五十一名。

 ●二十六日、体調が快復。イオンで食材を買い、ホステルに届ける。長期滞在で北京で働くウクライナ人が発熱していると聞き慌てる。彼は自発的に通院し、「肺炎でない証明」を取得。感染者は六十八名。

 ●二十七日、国務院が春節休暇の延長を発表。出勤は一月三十一日から二月三日へ。市内各地の団地や職場、ビルで出入り制限(発熱検査、入居者確認、移動ルート報告など)。感染者は八十名、死亡一名。

 ●二十八日、航空局が無料キャンセル延長を発表。二月末まで北京を通過する四十一列車の運休を発表。感染者は九十一名。

 ●二十九日、北京日本人学校から通知あり。政府からの通達を受け、当初三十一日の授業再開は中止、春節休みは二月十六日まで延長。ただし十七日に授業再開できるとは限らず、再開日は未定とのこと。北京でマスクを高額販売していた薬局が摘発されて罰金三百万元(約四千七百万円)。感染者は百十一名。

 ●三十日、北京の地下鉄全線で体温検査を実施、マスク着用を呼びかけ。感染者は百十四名。

 ●三十一日、北京政府から通達。医療や生活インフラ等必要不可欠な企業を除き、二月九日以前の出勤禁止、自宅作業を推奨。湖北省から戻った人は十四日間以内の出勤禁止。感染者は百三十九名。

 二月六日現在、北京市内の感染者は二百七十四名、死亡一名、治癒三十一名。

100:中国人とスマホ

2017年7月11日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.100

6月18日、フィール旭川7階で「いろんな角度から中国に触れよう」という集いが開催された。私はイベントでは常に裏方で、人前で講演するのは初めての経験だった。伝えたかった内容が、果たしてどこまで理解してもらえただろうか。早口で聞きづらかったと思うが、最後に旭東高のM教諭がわかりやすく総括してくださったのが救いだった。

私が特に伝えたかったのは、中国の変化のスピードだ。三年前とはまるで別の国なのだ。GDPが日本の3倍と言われる国は、すでにいろいろな面で日本より進んでいる。実際に見て体験しないと、その凄さは実感できないだろう。

講演当日、時間の関係で説明不足になった部分をここで補足したい。

まず「決済システム」について。いま中国ではスマホアプリのAlipay(アリペイ)またはWechat(ウイチャット)で、日常のほとんどの支払いが可能だ。スキャンするだけで送金が完了するため、手間も時間も釣り銭も偽札の心配も不要で、返金もスムーズ、外出時に現金を持たない生活になりつつある。

(Alipayの画面)

レストランも、ほぼすべての店でスマホで決済可能で、注文と決済の両方がスマホでできる店も増えてきた。

(Wechat の”お財布”画面)

カードでの支払いが、偽造や紛失、決済までのライムラグなどがあるのと対照的だ。個人への振込も口座番号が不要で、ネットバンキングより格段に便利。タクシーも旅行もネットショッピングもケータリングも、自動販売機や市場での買い物まで、なんでもスマホで手軽に決済できる。北京に戻って見た広告の文章「近い将来、コインは使うものではなく、収蔵するためののになる」が現状を象徴していると思える。

次に、「中国人は病院でもどこでも携帯電話で大声で話す」について。

中国では病院、レストラン、またバスなどの車中で携帯電話を使ってはいけないというルールがない。騒音があればより大声で話すのが自然の流れだ。

特に病院では、緊急事態が発生したら連絡するのが当然で、逆に日本の病院で携帯電話を使えないことが「なぜ?」と話題になった時期があった。

各種会員カードやポイントもすべてスマホの中にある。中国人にとって、いまやスマホは「生活の一部」だ。スマホを制するものが中国ビジネスを制する、と言っても過言ではないかもしれない。(おわり)

 

99:中国の大学入学試験「高考」

2017年6月13日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.99
 今年も「高考(Gaokao)」の季節がやってきた。
 今年は六月七日からの二日間(地域によっては三日間)、特別な時間が流れる。夕刊紙「法制晩報」によると、今年北京市内で高考を受けるのは六万人。九十二カ所の試験会場が設定されたそうだ。
 高校生が脇目も振らず毎晩深夜まで勉強する真剣な姿を見ると、頼もしさよりも悲哀を感じる。なぜなら、留学という選択肢が持てない家庭では、高得点を取って名門大学に入学することが、一生を変える唯一の突破口だと信じられているからだ。だから高考は、本人だけのものではなく、家族にとっても最重要なのだ。
 試験会場周辺の交通整理、付近での騒音やクラクションの禁止など、まち全体どころか国を挙げて受験生に配慮する。かつて遅刻しそうな受験生を送るために信号無視したタクシー運転手がいたが、許される空気だった。とにかくこの期間は、無関係の市民ですら、受験生のために協力するのが当然だ、という雰囲気に呑(の)まれる。
 そんな国民的な重要試験で、絶対にあってはならないのが不正だ。しかし、これまでも試験問題が漏洩したり、替え玉受験という問題が起こってきた。そしてIT時代のいま、ハイテク機器を駆使した不正が行われる危険性が高まっている。
 主催者側も必死だ。北京では、試験問題が印刷工場から試験会場に輸送するまでGPSで位置と状況を監視し、公安や武装警察が警備する。試験問題の保管室には死角なく監視カメラが設置され、二十四時間体制で当直がつく。さらに夜間の抜き打ち検査、電話による担当者への勤務確認なども行われる。
 ほかにも、試験会場に入る際の顔認証と指紋認証、静脈認証、無線用隠しイヤホン探索機、電波遮断機、無線電波測定車などが配備されたという。全会場でこれらすべてが運用されたとは思えないが、市民に「不正防止にこれほど真剣」との印象を与えることはできただろう。
 不正根絶の決意と実行力は想像を超えている。試験期間中は会場内だけでなく、周辺の電波までも遮断してしまった。試験初日の夕方、私の携帯電話にも「試験期間中は無線電波遮断機が起動しているため、通話やインターネットに支障が見られる。試験終了後は速やかに回復するのでご理解を」とお詫びのショートメッセージが届いた。電話会社にクレームを言う市民がいても、高考対応だと知ると「それなら仕方あるまい」とすぐに納得するはずだ。受験生という“子ども”への理解と期待、その懐の深さが、いかにも中国的だと思う。

98:シェアリング自転車

2017年5月9日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.98

一年前、通勤用に買ったばかりの電動バイクが盗まれた。もう電動バイクは買わないと決めてママチャリを買ったが、今年一月にそれも盗まれた。その後はバスかタクシーを使っていたが、時刻表のないバスは待ち時間の浪費だし、タクシーはお金の浪費が問題だ。 そんな頃、北京で「シェアリング自転車」が普及し始め、私も関心を持った。私が知る限り、北京では過去にも二回、全市規模のレンタル自転車が登場した。だが台数が少なすぎたり、乗りづらそうな安物だったり、ユーザー登録方法も面倒で、案の定どちらも長くは持たなかった。 しかし今回は様子が違う。複数の会社が参集して、色とりどりのシャアリング自転車が街中に出現。シェア拡大の競争激化とともに、北京の街がカラフルに彩られてゆく。

 

私は北京でも最も多くみかける「摩拝単車(モバイク)」という会社を選んだ。オレンジとグレーの車体が特徴だ。 まずはスマートフォンのアプリをダウンロード。  保証金299元(約4800円)を電子マネーで支払い、パスポートと顔写真をアップロードして個人認証の審査を待つ。個人情報を保護していたら、北京で便利な生活はできない。翌日審査が通過してユーザーとなった。 使い始めてその便利さに驚いた。アプリを開くと、地図に現在地と停車中の自転車の位置がが一目瞭然に表示される。 15分先までなら予約もできる。料金は車種によって、30分で0.5元(約8円)と一時間で1元(約16円)の二通りがある。

(ほとんどの車種の)タイヤはパンクしない強化ゴムで、チェーンも外れる心配のない安心構造だ。万が一、車両に不具合があれば、写真を撮影して報告することで「信用ポイント」がつく。 レンタル自転車のように借りた場所へ返しに行く必要がなく、ロックして乗り捨てで良い。機能向上した車種が続々投入されてゆくし、自家用自転車に比べて格段に便利だ。上海や広州など他の都市で使用できるのも有難い。  4月現在、北京市内に投入されたモバイクは30万台。ビジネスとして成り立つのかどうかは疑問の声も多いが、シェアリング自転車の先に見通している事業で利益を上げる見込みがあるのだろう、三億米ドルもの資金を調達している。 ともあれ、消費者としては快適な自転車が便利に使えることに大満足している。(おわり)

97:歓迎!旭川市青少年訪問団

2017年4月11日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.97

三月三十日の正午前、旭川市青少年訪問団(旭川東高、旭川南高、旭藤女子高の生徒十人と引率二人)がハルビンからの国内線で北京空港に到着した。一行はハルビン市で青少年交流事業に参加した後、帰国前の丸二日を北京で過ごしに来てくれた。ハルビンでは視察や観光だけでなく、市政府教育局を表敬訪問したり、現地高校で生徒同士の交流を重ねたほか、ホームステイも体験したとのこと。盛りだくさんの行事にも疲れた様子は微塵もなく、みんな好奇心に満ち溢れていた。

 一行は、北京空港から市内中心部の有名飲茶店で昼食を済ませたあと、北京大使館を訪問。札幌出身のG参事官とK一等書記官から、会議室で在外公館の業務に関する説明を受けた。
 その後、大雪ナナカマドの会(旧北京旭川人会)のリーダーY会長の職場である焼肉店のほか、私の管理するホステルを経由して、天安門からほど近いランドマーク的な巨大総合施設「東方広場」内にある会計事務所、KPMG北京オフィスを訪問。函館出身のAマネージャーから中国のビジネス市場に関する話を聞いた。高校生には難しいかもと心配したが、Aさんはセミナーのプロ、テンポよく話して飽きさせない。みんな真剣に聞いて、あっという間に一時間が過ぎた。
 夕食は、当日都合のついた大雪ナナカマドの会メンバー六人と一緒に四川料理のテーブルを囲んだ。メンバーは高校生との交流を楽しみにしつつも、「若者と会話が成り立つかどうか…」と心配もしていた。最初はお互い緊張していたが、しだいに雰囲気も和らぎ、楽しいひとときとなった。
 彼らが抱いた北京の印象が気になった。日本に住む人からは、偏った先入観を持たれることが多い。「実際はもっと深く多面的なのに」というのが、こちらに住む人間の共通認識だ。将来を担う高校生には、北京の良いところも見てほしいと全員が願っている。
 翌日は終日観光。早朝から前門を散策し、故宮縦断のあとパンダも見た。万里の長城を元気いっぱいに駆け上がり、駆け下りた。最後の夕食は北京ダック。 観光スポット、名物の料理も体験して、とても内容の濃い旅程だったはずだ。
 旭川は、離れれば離れるほどそのすばらしさを実感できるところだ。今回の体験をステップにして、彼らが旭川での生活をさらに充実させ、より高く遠く羽ばたく勇気を持ち続けてほしいと願う。

96:北京で「男山」の宣伝

2017年3月14日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.96
 日中国交正常化四十五周年の今年、北京では歌舞伎公演をはじめ多くの記念事業が開催される。二月二十五日、二十六日の両日には、大型ショッピングモール「U―TOWN」で日本の工芸品、酒、食品を宣伝し、日本の匠の心と高い技術をアピールするイベントが開かれた。
 イベントの情報は、D庁からHY銀行D事務所に出向中のT主査から入った。彼は北京旭川組(現大雪ナナカマドの会)の発足メンバーで、旭川北高の後輩でもある。値段の安い本州の男山が出回っている北京で、本家である旭川の「男山」が造った高品質の日本酒をもっと広めたいと願う仲間だ。
 初企画のイベントで、そのPR効果は未知数だ。しかし、外務省の記念事業なので費用をかけずに展示できるため、試してみる価値はある。男山も出展に賛成し、全面的な支援を快諾してくれた。
 開幕式では野上浩太郎官房副長官、横井裕駐中国大使と並んで、中国でも知名度が高い元サッカー選手の中田英寿氏が鏡開きに加わり、注目を集めていた。イベント中は中央のステージで一時間ごとにプログラムが実施され、日本酒利き酒クイズ、観光地を旅するビデオの放映、熊本県の踊り披露、パックご飯の無料配布などが行われた。
 展示スペースは工芸、日本酒、食品、観光などの分野別に分けられた。九州や東北、北陸に極端に多くのスペースが割かれ、「北海道は知名度も人気もあるから、いいべさ」と言われているように感じた。
 期間中、T主査と私は主催者から男山の展示用に与えられた三十㌢四方のスペースを交代で守り、来場者の視線を追いかけ、質問に答えた。主催者の公式発表によると両日の来場人数は一万五千人、実際には数割引いたくらいだろう。 しかし、初日だけでも足を止めて男山の紹介文を読んだり、パンフレットを手に取る人が百人はいた。展示していた純米大吟醸の瓶を手にとってラベルを確認したり、展示物を撮影するなど時間をかけて見てくれた人も二十人以上いた。なかには、すでに知っている人もいて、「これよ、これ!」と探し物を見つけたような口調で友人に紹介する人や、「どこで買えるのか」「いくらか」と具体的に聞いてくる人もいた。
 北京で男山を多くの人に宣伝でき、さらに「資料館も試飲も無料だから、ぜひ旭川に来て」と観光誘致もできて、とても充実した二日間だった。

95:元宵節に食べるもの

2107年2月14日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.95
 今年の旧暦正月「春節」は一月二十八日だった。それから数えてちょうど十五日目となる二月十一日が「元宵節(げんしょうせつ)」だ。
 一般的には元宵節と呼ぶことが多いが、「春灯節」「小正月」「元夕節」とも呼ばれる。また「上元節」という呼称もあり、旧暦七月十五日の「中元」、旧暦十月十五日の「下元」と合わせて「三元」とも言われる。
 
 元宵節は、二十四節のうち春節(新年)の次に来る最初の節句であるため、とても重要視される。この日は団、円、和、美の願いを込めて「元宵(ユアンシャオ)」を食べて、正月が終わりとなる。
 
 元宵とは、中に餡の入った丸い団子餅のような食べ物で、水を張った鍋で茹でて食べる。北方では元宵を食べ、多彩な食文化を持つ南方では「湯圓」(タンユアン)を食べると言われている。湯圓の方が味も種類も豊富に見えるためか、現在北京のスーパーの冷凍コーナーでは湯圓のほうが種類が多いほどだ。
 
 元宵も湯圓も見た目は同じで、私には食べても区別がつかないが、製造方法や原料、さらに茹で時間や口当たりまで違うそうだ。元宵は直径が二㌢程が主流。湯圓として売られているものは、直径一㌢程度の小さなサイズから三㌢ほどの大きさまであり、餅に色がついたものもある。どちらも餡は小豆、黒ゴマ、ピーナッツ、サンザシ、ミックスナッツ、チョコレートなど、月餅同様にいろいろある。一番好まれているのは黒ゴマのようで、どのメーカーも作っているし、訪問先で出してくれる場合も黒ゴマが多い。
 
 私が管理しているホステルでは、中国の伝統や最近の文化風習を取り入れて、その時期に食べるべき食品をスタッフが準備して宿泊客に配っている。外国人客には中国の節句を体験してほしいし、国内客には時間差はあっても大勢で同じ食べ物を食べることで、一緒に節句を過ごした気分になってほしいからだ。
 
 リンゴや月餅を配る時はただ並べておけばよいし、八宝粥やちまきなどは煮ておけばすぐに提供できて問題ないが、元宵と餃子は事前に作っておくと冷えて固くなるし、最初から茹でると十分ほど掛かり、茹で過ぎると溶けてしまう。お客様の戻る時間を聞いたり予測したりして、いかに効率良くお配りするか、毎年スタッフと一緒に頭をひねっている。(おわり)

94:事実上の「終日走行禁止」

2017年1月17日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.94
 昨年十一月、自家用車のバッテリーを交換した。我が家の車は二〇〇一年製の「夏利(中国名:シャアリ)二〇〇〇」。私が知る限り三回目のバッテリー交換だ。
 その数日後、友人からメッセージが届いた。「二〇一七年二月十五日から、排気基準が『国Ⅰ』と『国Ⅱ』の車は、平日及び(大気汚染が)オレンジ、レッド警報の発令日は走行不可に。要注意」。慌てて自車を調べると国Ⅱ基準、制限対象だった。
 つまり、すべての平日午前三時から深夜零時までと、週末でも大気汚染がひどい日は、運転できなくなるというのだ。現在も週のうち平日一日は走行制限されているが、早朝七時から夜八時までなので、時間をずらせば対応できなくもない。しかし、深夜の三時間だけでは、事実上の終日走行禁止だ。走行可能な日が年間三百日から百日程度に圧縮されるのに、税金や保険は一切減額されないというのも納得いかない。
 制限区域である環状五号線内から自宅と職場を移転することは、現実的に不可能。今すぐ新車に買い換えるか、それとも車を手放すか、選択を迫られた気分だ。
 北京では二〇一一年から、大きな社会問題である渋滞緩和のために、マイカーのナンバープレート抽選制度が実施された。これによってナンバーの発行枚数は年間二十四万枚に限定されたが、マイカー取得希望者は増え続けている。つい最近の抽選確率は七百八十三分の一という高倍率だった。北京ナンバーはますます貴重になっているのだ。
 廃車にしてナンバーを返上すると、八千元(約十三万五千円)が支給されるが、北京ナンバーの価値はそんなものではない。闇のマーケットでは年間二万元(約三十三万円)程度でレンタル(名義貸し)されているとも聞く。
 名義人である私が新車に買い替える場合は、抽選なしの既得権で新たなナンバーに変更が可能だ。しかし廃車にすると、ナンバーも廃止され、私の権利も消滅する。将来また自家用車を購入するときは、抽選に当たるのを待たなければならない。
 新車に買い換えるという選択肢は、今の私にはない。権利放棄を覚悟して、車体も古くなり極端に走行が制限された愛車を廃車にするしかないということだ。
 夫が遺してくれた車を手放すのは忍びないが、時代の流れには逆らえない。いつ車を手放すか、あとはそのタイミングだけだ。(おわり)

93:「長期休業」の報に触れて

2016年12月13日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.93

今月二日、札幌の知人から「長期休業入り」の見出しで始まる優佳良織工芸館と国際染織美術館に関する紙面の写真が送られてきた。記事によると優佳良織工芸館の開館は一九八〇年、当時の記憶は曖昧だが、台場の方に凄いものができたと聞いた気がする。浪人時代、友達と工芸館前の斜面の草の上で座っておにぎりを食べたこともあった。 当時はまだ雪の美術館もなく、旭川の街並みが一望できたことや、周囲にたくさんの人が行き来していたこと、草の上でくつろぐ人が他にもいたことを覚えている。工芸館に知人がいた母はプレゼントで頂いた優佳良織の小物をいくつか所有していた。サンゴソウがテーマの赤いマフラーを見せられたとき、これが旭川で作れるのかと驚いた記憶もある。 二〇〇九年に夫からホステル経営を相続した私は、二〇一一年に故郷との関わりを求めてフロント横の客室を事務所として登記し、北海道とりわけ旭川の紹介を始めた。 こちらでも旭山が有名になると「旭川は動物園の他に何がある?」と聞かれることが多くなり、まずは「雪の美術館を見て」と返答した。 そうして雪の美術館を訪れた人は(除雪を知らない人たちに共通する)幻想的で神秘的な冬のイメージを体感できたことを喜び「内部がこれほど大きいとは思わなかった」と驚いていた。しかし優佳良織や染織美術については、その分野に詳しい人や、旭川の文化の歴史を知りたい人でなければ、興味を持ちにくかったのかもしれない。美しい風景や良質な伏流水といった自然環境だけでなく、世界一流の木工技術や、市民生活に溶け込む音楽や文学を支え受け継ぐ旭川の人々のこと、そして「北海道伝統美術工芸村」のことをもっともっと広めたかったが、私はあまりに微力だった。紙面には「長期休業」とあったが、このままで良いのか。  事情はどうあれ、外部からすると、旭川市民が誇れる文化であり、旭川市の重要な観光資源のひとつ、ひいては市民の財産に他ならない。地元の有力者や市民のリーダーの誰かが、立ち上がり声を上げることを願わずにはいられない。保全や保護を求める「市民運動」が起きたときはその活動に参加したいと強く願う。私一人は微力でも、市民の願いが集結すれば大きな力になるはずだ。「民間だから」と誰も何もしない場合、自然を搾取することが目的のブローカーや、最初から転売が目的の投資家、悪意の第三者の手に落ちる可能性とその結末が心配でならない。(おわり)

92:祝・日ハム日本一 北京でスタンプラリー企画

2016年11月8日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.92
 ファイターズが日本一になった。実はリーグ優勝をした頃に、北京市内の焼肉店「松岡」のY支配人から「北海道はリーグ優勝セールで盛り上がるだろう。北京でも何かしたいね」と言われていた。
 私は稲葉篤紀元選手の校友であり大ファンなので、テレビ中継を見ては家で一人稲葉ジャンプもしたし、二〇〇八年の北京オリンピックには、大学校友会の大きな旗を持って校友と球場に応援に行った。しかし、私の中の日ハムは、稲葉、新庄、ヒチョリ、そしてダルビッシュで止まっていた。
 私たちにとって最近の北海道の話題といえば、台風の被害や西武の閉店など暗い話が多かった。そんななかで、地元球団のリーグ優勝という嬉しいニュースが伝わってきて、「北京でも何かしたいね」という言葉に心が揺れた。
 北京の小樽商大OBにファイターズの大ファンがいたことを思い出し、早速連絡を取った。身近な日ハムファンを掘り起こし、日本一に向けて皆で一緒に応援することにした。その名も「うちらなまらファイターズ」。「神様仏様大谷様」と文字を入れたお揃いのTシャツを作ったり、ロゴをデザインしてシールを作った。
 最近は、北京でも専用の機器を設置すれば日本のテレビ番組が視聴・録画出来る。CS、そして日本シリーズは、お揃いのTシャツやユニフォームを着て集まったり、集まれない人はグループチャットで会話しながら一緒に応援した。途中ヒヤヒヤする場面もあったが、結局日本一となってくれて、大いに盛り上がることが出来た。
 当初はリーグ優勝記念イベントとして、スタンプラリーを七日から二十六日まで、北京市内の北海道レストラン四店舗で計画していたが、「日本一記念」に改めた。  スポンサー不在のため、経費のカンパや景品の協賛を募ったところ、北京だけでなく札幌や上海、大連の北海道関係者からカンパ、ファイターズグッズ、北海道商品の協賛品が続々届いた。
 二十七日には公開抽選会をスタンプラリー参加店の「ラーメン居酒屋北の麺」で行う予定だ。  まずはスタンプラリーで話題をつくり、北京のファイターズファンを拡大してゆく。将来的にはファイターズの関係者に北京へ来ていただけることを願っている。(おわり)

91:中国人の旅行動向

2016年10月10日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.91
 国慶節休暇(十月一日から七日までの七連休)の旅行動向が発表された。今年はのべ六億人、つまり中国人の二人に一人が国内外の旅行に行くという史上最大の規模だそうだ。
 近年は旅行プランのオーダーメイド、また個人で現地を訪ねてイベントに参加するなど新たな形態が人気を集めていて、昨年に比べて三~四倍と目覚ましい伸びを見せている。
 もっとも旅行熱の高い都市は上海で、次が北京、以下成都、広州、深センと続く。上海と北京は旅行をする人が飛び抜けて多かった。確かにこの数日間、北京の街中は車も人影も少なかった。
 上海人、北京人が国内旅行に掛ける平均額は五千元(約八万円)。ちなみにJTBよると、今年のGWの日本国内平均額は三万五千円だ。
 一方、国外旅行の平均費用は八千元(約十二万円)で、買物中心から体験型に変化しつつある。具体的には、ホテルのランクを上げたり、高級料理や現地の特産を味わうなどだ。かつては安いパッケージ旅行で爆買いするツアーが主流だったが、今では八割が買物設定なしのツアーを選ぶようになった。またホテルは四つ星、五つ星の予約が全体の四五%を占め、古城に泊まるのも人気だった。
 国外には六百万人が出掛け、やはり史上最多となった。各国が中国人旅行客を招き入れようとビザ政策を緩和したため、五十七の国家と地区でノービザ等の待遇となったことも追い風になった。人気の国は韓国、タイ、日本の順だった。
 発表から読み取れるのは、日本のメディアが言うほど中国経済が失速し、破綻に向かっているわけではなく、お金の使い方が変わってきたということだ。政府高官が公金を湯水のごとく使える時代は終わり、接待も減ったのは事実で、その影響は確かに出ている。しかし、それは一部の特権階級の話だ。日本でバブルが崩壊したあとのように、全国民が夢から覚めたような状態には至っていない。国民の生活水準が向上し続け、給与所得も物価も上昇している現状は、熱狂的加速から緩やかな安定成長に入ったと認識するのが妥当だ。
 爆買いが減った一番の原因は、中国人旅行客が冷静になったからだろう。旅行中に大量の荷物を持ち歩く不便さにうんざりし、貴重な旅行時間を有効に使い始めたのだ。アマゾンや楽天など合法的な個人輸入が浸透しつつあることも背景にある。
 でも本当に欲しいものは、探すのに時間もかけるし、金に糸目をつけずに買う。中国経済も中国人も、日本の物差しでは計り切れないスケールと奥深さを持っている。(おわり)

90:「京城第一の滝」でジンギスカン

2016年9月13日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.90
 北京在住の旭川人が中心メンバーの「大雪ナナカマドの会」で三日、野外ジンギスカン・パーティーをした。政府が大気汚染対策に躍起になっている昨今、市内中心部の空き地で煙を出すと処罰される恐れがあるので、遠くまで行くことにした。
 行き先は、日本語で言うと「京城第一の滝」(中国語では「京都第一瀑」)という郊外の村で、北京から日帰りでも行ける観光地だ。文字通り滝が名物で、北京市密雲区のほぼ中央に位置する。区内には風化した長城の一部も残るが、最も有名なのは北京最大で唯一の密雲ダム(貯水量約四十億立方㍍、日本最大級の徳山ダムの約六倍)である。
 当日は朝八時に会の代表者が支配人を務める「焼肉松岡」に集合。五台の車に食材と道具を分けて積み込み、参加者十五人も分乗した。松岡から目的地まで北東に約百キロ、途中で高速(制限速度は時速百二十キロ)を利用して一時間半の予定だったが、当日は朝から晴天だったこともあり、郊外に出かける車が予想以上に多く、実際には出発してから二時間半もかかってしまった。
 村の施設に到着後、休む間もなくすぐに準備に取り掛かった。持ち込んだ備長炭が赤くなったところで、ジンギスカン鍋に肉や野菜を乗せ、鍋の周りの網の上にはホタテやトウキビを置いた。ホタテはジャスコが「北海道フェア」を開いたときに購入した道産の殻付きのもので、バーベキューには最適。下茹でしたトウキビも焦げ目に醤油を垂らすと香ばしく、「大通公園のトウキビワゴンに負けないね」の声に一同うなづいた。食材は味も量も申し分なく、楽しくおしゃべりしながら満腹感を共有した。
 食後は滝付近の山登りだ。早めの帰宅組七人が二台の車で先に帰路につき、残った八人は急な岩道を登った。途中で私を含め二人が力尽き、滝壺で冷やしたスイカをかじりながら休憩小屋で一時間ほど待った。六人は一番奥まで到達し、湧き水を飲んだり、足湯ならぬ足滝を堪能したそうだ。
 この日は終日快晴で空気も澄んでいて、運動したという達成感と仲間たちとの楽しい食事で、充実した一日になった。(おわり)

89:ショック! 旭川―北京便が運行中止に

2016年8月8日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.89
 一日、中国東方航空から携帯電話にメッセージが届いた。そこには、私が購入した十月中旬の北京―旭川の直行便がキャンセルになったと書かれていた。
 七月中旬、私は北京のとある旅行会社を訪れた。この旅行社は今年、団体ツアーのため、北京発旭川直行便のほぼ半分の座席を購入している。同社の担当者から「直行便は八月末で終了するらしい」と聞かされ、そうならないことを願いながら往復チケットを購入したのだったが、駄目だった。
 遡ること五年前、北京の旭川関係者が集まる拠点「焼肉松岡」に、旭川で生まれ育った三人が集まっていた。その日の話題が、北京―旭川の直行便だったことを覚えている。「どれほど便利になるか」「旭川への経済効果も期待できる」「エアドゥの最初の国際線は北京―旭川にすべきだ」などと、熱く語り合った。その時はまさに夢を語るような感じで、さほど現実感はなかった。
 しかし翌二〇一二年、北京の旅行会社が夏休みから国慶節(十月一日~)までの期間限定ながら、北京―旭川、北京―帯広のチャーター便を週に三本就航させ、北海道旅行ブームに火をつけた。チャーター便なので座席のすべてが旅行会社に買い占められ、個人旅行客や私たち中国在住者が帰省用に購入するのは難しかったが、直行便という夢が現実となった。旭川空港に降りて登別の温泉旅館に直行するツアーの日程表を見たときは、複雑な心境だったけれど…。
 そうして二〇一四年夏、中国東方航空の旭川直行便が北京から週五便、上海から週三便、就航した。定期便なので個人旅行客もチケットが購入できるようになり、数年前までは夢だった北京―旭川の直行便にとうとう乗ることができるようになったのだ。わざわざ新千歳を経由せずに、時間も体力も大幅に節約できる。
 定期便といっても年間通して就航していたわけではなかったので、これまで私が利用できたのは五往復。いずれの便も日本人は私たちだけだった。
 北京からの観光客だけに頼っているのではなく、旭川からの搭乗も増えなくてはまずいと、うすうす感じてはいた。しかし国慶節の長期休暇がある十月を待たずに運行停止になるとは、予想しなかった。
 北京―旭川の直行便は今年、大幅な赤字を抱えたそうだ。旭川発着便が安く購入できることを能天気に喜んでいた自分を後悔しても、もう手遅れだ。(おわり)