守れないプライバシー

2020年8月11日 あさひかわ新聞(140)

北京新聞によると、新発地市場で新型コロナウイルスの感染者が確認された六月十一日から八月三日までの間に、市内で合計三百三十五名が陽性と診断された。しかし、既に三百三十三名が治癒し、現在の入院患者は二名だけだ。それにも関わらず、検査体制の拡充は止まるところを知らず、市内のPCR検査場は増加の一途で、現在二百二箇所となった。

 私の住む朝陽区では、新規陽性者ゼロが連続四十三日間続いているが、「油断してはならない」というメッセージやスローガンが目につき、今だにマスク無しでは自由に自宅マンションの敷地や建物に入ることができない。市内外への旅行はもちろん、博物館や美術館は事前予約制で開館時間や入場者数が制限されたままだ。停滞し疲弊した経済を救うため、店舗営業への圧力は弱くなった印象もあるが、店内各所の消毒や来店客の把握など衛生部門への報告は毎日徹底しなければならず、感染防止への精神的なプレッシャーは決して弱まっていない。

 市民側も、スーパー等に入る際に「北京健康宝」というアプリを使って行動履歴を残したり、感染リスクが無いことを提示したうえで体温検査をしなければならない。万が一にも陽性となると、立ちどころに個人情報が公開されて感染源が突き止められる。濃厚非濃厚にかかわらず周囲の関係者も突き止められて検査、隔離観察が義務付けられる。ドアの外には住民委員会によって「自宅隔離中、監督歓迎」のシールが貼られる。

 公共(そのなかに自己も含まれるのではあるが)の安全ために、個人のプライバシーを行政側の管理に委ねる日々が続き、それが日常化している。しかし、意識しなかっただけで、実はずっと前から始まっていた。スマホの普及により、出入金や購買・決済履歴、位置情報や移動履歴など、殆どの個人情報がオンラインのデータとして残り、おそらくビックデータに組み込まれているはずだ。いや、もっと前、インターネットに繋いで、サイト見たり検索アプリを使った瞬間から、私の興味や行動は誰かに知られるリスクがあった。極め付けはSNSの利用だ。自他の交友関係や趣味趣向を暴露しているという危機感よりも、情報発信の利便性を優先してしまう。パソコンやスマホに依存し、常にオンライン状態にいる私は、望んだつもりはなくても、結果的にプライバシーの保護を自ら放棄しているのかもしれない。

投稿者:

nanben

北海道旭川市出身、北京在住18年、中国在住22年。