138:小中学校が再開

2020年6月9日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.138

 六月一日、中学二年生の次男が北京日本人学校に登校した。だが、全学年で一斉に通学が許可されたわけではない。受験生優先のため中学三年生は五月十一日から、小学六年生と中学一・二年生は六月一日から、小学四・五年生は六月八日からと段階的に通学が許可された。小学低学年への通学許可はまだ出ていない。
 北京市内はすでに「低リスク地区」と判定されているが、学校などはクラスターが発生しやすい環境にあるため、政府は慎重すぎるくらい慎重に少しずつ許可を出している。倒産や失業を抑えるために生産現場などの企業活動はおおむね解禁したが、学校の場合はオンライン授業が定着してきたこともあり、通学の完全回復は後回しになっている。
 以前の登校時には、警備員と教頭先生だけが校門前で子どもたちの登校を見守り、他の先生は校舎内で授業の準備などをしていた。しかし、今は、㈰校門前で児童生徒が持参した毎朝晩の体温や健康状態を記入した表をチェック、㈪サーモグラフィーによる検温を通過して校門内へ、㈫校門内で、非接触型体温計による検温という三段階チェックをパスして初めて校舎内に入れるという徹底ぶりだそうだ。
 次男が前回登校した最終日は一月二十三日。一月に北京日本人学校に転校したばかりで、通学したのは七日間。そして春節休みとコロナ旋風で、実に四カ月以上も自宅にこもっていた。友達を作る機会もなかっただろうから、クラスメートや先生に会えないことをさほど寂しいとは感じていないようだった。それでも、通学するようになって生活のリズムも戻り始めた。学校で先生方や同級生たちと実際に交流することで学べることも多いはずだから、このまま通学が継続できることを願っている。
 話は変わり、私が管理しているゲストハウスは営業自粛による閉鎖から四カ月が過ぎた。六月一日にはスタッフ全員が無事に戻ったが、構造上の原因で営業再開の許可はまだ出ない。周辺のホテルは破産以外は営業を再開し、新しいホテルへの加盟も増えているが、うちは遅れをとっている。
 閉鎖中の四カ月間の家賃は免除されたが、赤字は膨らむばかりだ。コロナの影響で世界中で既成概念や価値観が変わりつつある。私自身は何を守り、何を手放すのか、過去と未来の人生について問われている気がする。

投稿者:

nanben

北海道旭川市出身、北京在住18年、中国在住22年。