9:40周年記念に思う

2012年9月18日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.9

 

今年は日中国交正常化40周年記念の年である。「日中国民交流友好年」として、日本の政界と経済界の重鎮の名前が連なる巨大な実行委員会組織をつくり、40周年記念行事を主催または認定している。 これだけ規模の大きな組織であるが、現在確認できる主催行事はというと、(1)2月16日の北京開幕式、(2)4月9日の蔡特使来日歓迎レセプション、(3)関口知弘氏の「中国縦断ふれあいの旅」の3つだけだ。 認定行事は無数にあるが、例年開催しているイベントに40周年を取って付けたようなものが多い気がする。 40周年が添え物のように扱われているような印象すら感じてしまう。 石原愼太郎都知事が尖閣諸島の購入云々で動き出したことがきっかけで、今年も中国のいくつかの都市でデモが発生し、ネット上は反日で盛り上がり、丹羽大使の公用車用国旗が奪われる事件まで起きた。2年前の漁船衝突事件では、民衆はもちろん中国企業も、不買運動や訪日旅行キャンセルなどで大々的に反日をアピールすることで真の愛国者として評価される雰囲気があり、反日一色で染まったような時期すらあった。 しかし今年はやや空気が違う気がする。そもそも中国国営テレビの報道では(それまでのように)「日本が」とは言わずに、「石原都知事が」「日本の右翼が」「アメリカが」と敢えて細かく(主体を)表現することに意図的な冷静さと慎重さを感じる。  石原知事に動きがあれば、翌日の新聞に載りテレビ番組に軍事専門家が登場して解説するが、それは敏感に反応しているというよりも、慎重に(やむなく?)対応しているといった印象だ。国内の安定や戦略がその目的だとしても、中国政府のほうが日本政府よりも日中間の平和と共栄をより強く望んでいるのかもしれない。 石原知事の動きに反感を感じつつも、この40周年という年を平和に過ごすために、無数の親日派や政府関係者らが動いている気配を感じる。 そのような状況で、主に日本人や日系企業向けのビジネスイベントにまで40周年という冠をつけることが適切なのだろうか。  先日、盧溝橋事件を連想させる日に七夕祭りを開く話を聞いた。日本人主催者らには悪意があるとは思わないが、ここでは「知らなかった」では済まされないことが多いし、下手すると溝を深めて状況を複雑にしかねない。 40周年の年だからこそ、より慎重に考え行動して、中国の人々に少なくとも誤解は与えないような配慮と認識が必要だと思うのは私だけではないはずだ。(おわり)

(おことわり)すべての内容は、当時の個人的な感想です。  刻々と状況が変わる北京では、過去の情報は思い出にすぎません。 現在の状況とは異なる場合が多いことを予めご了解ください。

投稿者:

nanben

北海道旭川市出身、北京在住18年、中国在住22年。