135:北京は最終段階に

2020年3月10日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.135

 三月五日、安倍首相はとうとう中国・韓国からの入国者への隔離を発表した。訪日ビザは失効となるため、中国人と韓国人は事実上入国できなくなる。習近平主席の訪日や、観光産業への配慮もあったのだろうが、時間がかかり過ぎた。

 武漢では少なくとも三週間早く対応できたはず、そうすればここまでひどくなる前に防げただろうと言われている。当初は中国政府も甘く見ていたのだろう。武漢封鎖の直後、中国全土で湖北省、特に武漢から来た人の捜索が始まった。私は宿泊業なので、宿泊客全員に対して、最近武漢周辺に立ち寄っていないかどうかを確認する義務が生じた。もしも該当者がいたら、すぐに体温検査をし、通報しなければならないという通達があったからだ。地方では道路を封鎖して村ごと自己封鎖したり、該当者をみつけて報告すると懸賞金をつけた地区もあった。それほど急激に、誰もが危機感を持ったのだ。

 あれから一カ月以上が過ぎた。食材販売や生活インフラ企業を除き、一週間だった春節休みが二週間になり、三週間へと延長された。食料品以外の物流は止まり、会社は休業、食材購入以外の経済活動ができなくなった。それでも、武漢市民や医療従事者がウイルスと闘っているのだから、自他防衛のためには止む無しと、誰もが自宅に籠もった。

 二月下旬になり、企業活動が少しづつ解禁された。テレワークの推奨や、職場での感染防止対策などの条件もあるが、通勤の車は確実に増え、地下鉄にも少しづつ乗客が戻ってきた。

 三月に入った今も、レストランやホテル等のサービス業は管理会社や上級部門の許可待ちで閉鎖中が多いが、北京の街は息を吹き返そうとしている。ただし、経営者は資金繰りの悪化による破産、社員はリストラ、非正規労働者は生活破綻といった危機に直面していることに変わりはない。それでも、武漢の悲劇に比べれば幸運なほうだ、そう思う人が多いのだと思う。仕事を失うかもしれない危機を悲観するよりも、新しい料理に挑戦したり、免疫力を高めるために運動を始めたりと、前向きに過ごそうとする人が目立つ。それもまた中国の底力なのだと思う。

 北京では着々と収束に向かっているとはいえ、これまでの我慢が無駄にならないよう、最終段階になって管理が更に厳しくなった感もある。通行証の提示や体温検査などの確認が緩むことはない。日本や韓国などの感染拡大によって、外国人への草の根調査が始まった。携帯電話に居民委員会や派出所からパスポートやビザの有効期限、入国日、フライトナンバー、体温などの問い合せがあった。幸い、息子を呼び寄せてから一カ月以上経っていたので事なきを得た。

 日本の感染拡大を心配する声がより多くなってきたことを実感している。友人たちから北海道の実家を心配するメッセージが直接届くようになった。先日は、大量の検査キットを北海道に送りたいという相談もあった。北京でマスクはまだ品薄だが、アリババの創設者は日本に百万枚のマスクをお返しすると発表した。日本の中国語新聞にも「日本人にマスクを残そう」という意見広告が掲載された。中国在住の中国人はもちろん、日本在住の中国人は、より一層日本の感染拡大に心を痛めている。

134:新型コロナウイルスで非常事態(4)

2020年3月3日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.134

 恐れていたことが現実になった。ついに北海道各地で、そして旭川でも感染者が出てしまった。道内でも市中感染が広がっているようだ。

 つい半月前、緊急支援を決めた日本政府や自治体、日本人有志に対し、中国人は心から感動し、感謝と尊敬の念を抱いていた。「日本は礼儀正しく秩序がある社会、中国とは雲泥の差」「日本万歳」くらいに言っていた人たちが、今では「日本の政府って、もしかして中国以下?」「中国政府は権限があるが、日本政府には能力も権限もないようだ」と言い放つ。そして、今では日本と韓国が「感染地」として、入境者は隔離、監視対象となった。まるっきりの立場逆転だ。

 旭川で最初の感染者が「とんかつ井泉」という店名を公表したことは、日本国内のみならず、日本のニュースを注視している中国人の間で高い評価を得た。札幌や函館市長の会見が全国ネット(つまり海外でも)放映される中、いまのところ西川市長の会見を見ていないのが残念だが、井泉のおかげで、旭川の知名度と旭川市民への好感度は着実に高まったと言えるだろう。

 そして鈴木知事が公立小中学校の休校と「責任は私が負う」と宣言したことで「やっと日本にもリーダーらしいリーダーが出てきた」と称賛されている。鈴木知事の経歴や若かりし頃の写真まで飛び交うほどだ。鼻が高くなったり低くなったりで忙しい。

 今後の方向性は大きく二つある。一方はこれまで通り個人の自由や権利を守りつつ、既存のルールに従い、政府からの指導や指示を待って対応するもの。民主主義らしく、手順を踏んで慎重に動くというものなので、一見リスクは少ないように見える。

 もう一方は、緊急かつ高度な政治判断を理由に、個人の自由や権利を侵害することになっても、目前の危険排除を最優先するものだ。例えば中国のように、街を封鎖し、市内は通行制限、民間企業も通勤禁止、学生は自宅学習、病院と生活物資やインフラを維持し、行政と警察は市民の生活と安全を守る盾になる、とか…。

 この荒療治は「自分は関係ない」と思っている人からの抵抗を抑えなければならないため、信念とともに強い権力が必要だ。当然、財政面でのサポートも必要になるので、困窮している財政をさらに圧迫させることになる。やり過ぎだと非難を受けて失脚、悪名を残す可能性もあるから、誰もやりたくない。習近平主席だってやりたかったとは思えない。しかし、手を緩めてしまうと、効果は減少し時間も余計にかかりかねない。

 昨夜、道南に住む友人から電話があった。私にマスクを送った数日後に発熱しはじめて、もう十日になるという。病院に行ってもコロナの検査ができず、出勤できる状態でもないので、やむなく自宅で個室に篭って解熱剤で対処しているそうだ。体力はもちろん、気力を持たせるのが大変らしい。苦しそうな声に胸が詰まった。

 コロナの難点は、知らない間に感染し、無意識下で感染拡大に加担しまうことだ。今や地球上で絶対安全な場所も人もいない。「文化や経済の維持発展は重要ですが、市民の皆さんの命と健康はもっと大切です。市内から重篤者や死者を一人も出さないために、あらゆる手段を取るつもりです。全責任は私が引き受けますから、どうか私に力を貸してください」と言えるリーダーと、信じて従う市民の両方が必要なのだと思う。いま、日本の民主主義が問われている。

(緊急報告・終わり)