優佳良織工芸館 存続の危機

2017年1月22日 北海道新聞 けいざい寒風温風

「有望な観光施設 復活願う」

私の故郷は旭川市である。現在は、中国・北京で宿泊施設とコンサルタント会社を経営しているが、いつも頭の片隅に旭川がある。その旭川の芸術、文化の発祥地である「優佳良織工芸館」と「国際染織美術館」を運営していた北海道伝統美術工芸村(旭川)が昨年12月、破産した。観光名所が存続の危機にひんしている。関係者はきっと心を痛めているに違いない。

優佳良織は1960年代に地元出身の染織工芸作家木内綾さんが考案した。工芸館は80年、優佳良織を所蔵、展示する場として開館し、綾さんの長男和博さんが長く館長を務めてきた。地域に根差し、新たな文化を創造した優佳良織は、数々の賞を受賞し、国内外で高い評価を得てきた。2人は伝統を次世代に継承することに生涯をささげた。いずれも故人となったが、さぞやあの世で無念さをかみしめていることだと思う。

観光、文化の側面からも、施設をなくすようなことがあってはならない。

(中国の個人客増加)

人口減少が進む中、観光業は将来の有望な産業だ。実際、日本の関係者も観光振興には特に力を入れている。中国人などの団体旅行客が高額品を大量に購入する「爆買い」現象は、一服感があるが、個人客は増えている。北京や上海の旅行会社には、日本の自治体関係者が入れ代わり立ち代わり観光PRに訪れている。中国人に馴染みのない地域の関係者は、売り込みなどの面でひと苦労していると聞く。ただ、北海道は中国でも知名度、好感度が抜群で、関係者が観光に力を入れるのは至極当然だ。

他の地域と似たような観光振興では、観光の将来はおぼつかない。北海道の自然や風土、文化を生かした独自の魅力を絶えず新たな観光資源として掘り起こし、発信しなければならない。周辺地域との連携や交通手段の整備など環境整備も大切だ。

中国人旅行客が訪れる道内観光地の中でも、動物の「行動展示」で知られる旭川市旭山動物園は人気が群を抜いて高い。だが最近は、全国各地の動物園が、旭山に見習い、行動展示に力を入れている。来園者の人気が高い「ペンギンの散歩」も旭山動物園の専売特許ではなくなった。

いくら観光振興とはいえ、新たな施設の建設は難しいに違いない。既存の施設を効率良く回れるように工夫をしたり、地域や施設が互いに連携し観光地としての魅力やサービスの質をあげる必要があるだろう。

(市民の熱意に期待)

自由でユニークな旅を期待している中国人旅行客は、物見雄山だけでなく、さらに一歩深い体験を望んでいる。ホテルや施設など現地で気軽に申し込める体験型観光メニューを充実させ、周知することが人気スポットとなる鍵となるはずだ。織物体験ができた工芸館もそうした潜在力がある施設だったと思う。

旭川は、地元が誇る作家三浦綾子さんの文学的な世界を広く紹介しようと、地道な市民運動によって三浦綾子記念文学館を開館させた地である。優佳良織工芸館も市民の支援で守ってゆけるのではないか。

木内さん親子の思いやそれまでの努力を絶やさないため、地元の旭川市の文化芸術という財産を守るためにも、市民有志が連携し、運営会社を再生、復活させることを願ってやまない。旭川市や北海道の支援も期待したいが、それも市民の熱意があってこそだ。施設が再スタートを切り、新たな成功モデルとなれば、北海道の観光振興の面でもきっと役立つと思う。 (おわり)

94:事実上の「終日走行禁止」

2017年1月17日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.94
 昨年十一月、自家用車のバッテリーを交換した。我が家の車は二〇〇一年製の「夏利(中国名:シャアリ)二〇〇〇」。私が知る限り三回目のバッテリー交換だ。
 その数日後、友人からメッセージが届いた。「二〇一七年二月十五日から、排気基準が『国Ⅰ』と『国Ⅱ』の車は、平日及び(大気汚染が)オレンジ、レッド警報の発令日は走行不可に。要注意」。慌てて自車を調べると国Ⅱ基準、制限対象だった。
 つまり、すべての平日午前三時から深夜零時までと、週末でも大気汚染がひどい日は、運転できなくなるというのだ。現在も週のうち平日一日は走行制限されているが、早朝七時から夜八時までなので、時間をずらせば対応できなくもない。しかし、深夜の三時間だけでは、事実上の終日走行禁止だ。走行可能な日が年間三百日から百日程度に圧縮されるのに、税金や保険は一切減額されないというのも納得いかない。
 制限区域である環状五号線内から自宅と職場を移転することは、現実的に不可能。今すぐ新車に買い換えるか、それとも車を手放すか、選択を迫られた気分だ。
 北京では二〇一一年から、大きな社会問題である渋滞緩和のために、マイカーのナンバープレート抽選制度が実施された。これによってナンバーの発行枚数は年間二十四万枚に限定されたが、マイカー取得希望者は増え続けている。つい最近の抽選確率は七百八十三分の一という高倍率だった。北京ナンバーはますます貴重になっているのだ。
 廃車にしてナンバーを返上すると、八千元(約十三万五千円)が支給されるが、北京ナンバーの価値はそんなものではない。闇のマーケットでは年間二万元(約三十三万円)程度でレンタル(名義貸し)されているとも聞く。
 名義人である私が新車に買い替える場合は、抽選なしの既得権で新たなナンバーに変更が可能だ。しかし廃車にすると、ナンバーも廃止され、私の権利も消滅する。将来また自家用車を購入するときは、抽選に当たるのを待たなければならない。
 新車に買い換えるという選択肢は、今の私にはない。権利放棄を覚悟して、車体も古くなり極端に走行が制限された愛車を廃車にするしかないということだ。
 夫が遺してくれた車を手放すのは忍びないが、時代の流れには逆らえない。いつ車を手放すか、あとはそのタイミングだけだ。(おわり)