21:北京で献血

2013年3月26日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.21

3月18日、友人と献血に行ってきた。中国で献血するのは7回目だ。最初は2005年だった。その前に永久居留証の申請に関する法律が公布されていて、私は申請条件をとっくに満たしていたが、必要書類が多く、一年半かかってやっと提出した頃だった。しかし書類が受理されても、政府にツテもないので、公安部からの許可が下りる自信はなかった。

そんな時に、噂で「献血手帳(献血の記録が3回まで可能な手帳)を何枚も提出し、自分は中国にこれだけ貢献したとアピールした外国人が、すんなりと永久居留証をもらったらしい」と聞いたのが最初の献血のきっかけだった。中国での献血には少し不安もあったが、日本での献血に慣れていた私のほうが周囲にいた献血初体験の人々より落ち着いていたように思う。その後、妊娠、出産、授乳で献血から遠のいたが、申請から一年以上経っても音沙汰がなく、諦めた頃に永久居留証が交付されて歓喜した。

次に献血をしたのは2007年の秋。買物に出掛けた市場で献血車を見かけた。そこに書かれていた不足中の血液に私と同じ血液型があったため、迷わず車に乗った。

その四カ月後、夫が手術をした。中国の無償献血制度は、自分に血液が必要になった場合には、献血してから10年までは献血した分の5倍まで、10年後は2倍までを無償で使うことが出来る。また父母や配偶者、子どもには献血量の同量を“回して使う”ことが出来る。一回の採血は200または400mlで、献血後6カ月間は献血できない(成分献血であっても)というルールもある。そういうわけで、夫が必要になるかもしれないと思い、闘病中は可能な限り献血に行った。

2010年の秋、5回目の献血をした。ここまでは個人的な打算や偶発的なきっかけだったため、他人に呼び掛けるつもりもなかったし、献血に特別な思いがあったわけでもない。

昨年は、日中国交正常化四十周年の記念すべき年であったのに、各地で反日デモが発生した。政治力も財力も人脈も持たない私は、とてつもない無力感を感じていた。日本軍の残虐写真がテレビやネットで出回る中、ただ息を潜めるだけでなく、何かをしなくてはならないと考えた。

そして、せめて献血をすることにした。友人らにも呼び掛けた。昨年9月17日、デモで道路が封鎖されていた広州から北京に戻り、翌18日には賛同してくれた友人と待ち合わせて献血車に乗った。9月18日は満州事変勃発の日「九一八」であり、中国では祖国が辱められた日として特に反日意識が高まる。

あれからちょうど半年が経った。無償献血と言っても記念品があり、固辞しても結局持たされる。今回は三十元分の携帯電話チャージカードとバッジだった。Tシャツやキーホルダーを貰ったこともある。次回は半年後、やはり9月18日が目標だ。

自虐だ偽善だという見方もあるだろうし、献血がベストだとも思っていない。ただ、何かをせずにはいられないのと、他に出来ることもないだけだ。ベターなアイデアが浮かばないうちは続けようと思っている。(おわり)

(補足)2017年からは献血手帳に変わり、献血カードが導入されている。

(おことわり)すべての内容は、当時の個人的な感想です。刻々と状況が変わる北京では、過去の情報は思い出にすぎません。現在の状況とは異なる場合が多いことを予めご了解ください。

20:北京に戻って

2013年3月12日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.20

2週間の北海道横断を終えた。今回のメインは流氷体験だった。生まれて初めて砕氷船に乗り、動く流氷を見た。ヘリコプターに乗って空からも流氷を見たし、ウトロでは流氷ウオーキング(流氷の上を歩き、時々海に落ちては這い上がる)という体験もしてきた。

自ら体験したリアルな情報を、中国に戻ってから発信するためだ。 かつての私にとって北海道の冬といえば、苦手なスキーと除雪、アイスバーンと寒さというネガティブなイメージだった。まして流氷なんて、わざわざ見にゆくものではなく、流氷に持って沖に流される人たちを世間知らずだと思っていた。 だが、日常の面倒な除雪作業などに関係ない観光客にとって、雪も流氷も、非日常を体験できる夢の世界なのだ。

他の地域からみると、北海道は羨ましいほど季節感に富む自然の宝庫だ。 流氷を見たり雪に触る外国人観光客の顔は、驚きと喜びに満ちていた。私も観光客の立場で冬の北海道を体験し、十分な手応えと満足感を持って北京に戻った。

知り合いの日本通弁護士は、昨年初めて北海道の冬を体験して、一面の銀世界に魅入られたそうだ。先日挨拶に行くと、退職したら北海道に住むのが夢だとおっしゃった。「また行きたい」ではなく「住みたい」という言葉に、私のほうが驚いた。

北京に戻った翌日は、隔月で開催している北海道人会に参加した。毎回三十人以上が集まる。 北京の道人会では、参加条件を道産子、道内の留学生、道内居住者などに限っている。 今回の会場は北見本社の「オホーツクビール」。北京で本場北海道のお食事処といったら、焼肉の松岡、スープカレーの旬鮮本舗、そしてこのオホーツクビールの三箇所だ。 先日、ソラチのタレを使った「北海道豚丼」が北京発のN社ビジネスクラスの機内食に決まったとニュースで報じられた。その記念にと、(北海道人会事務局へ)ソラチの現地法人である焼肉松岡から豚丼ペア券をたくさん頂いた。N社からもグッズをいただいた他、スープカレーペア券や北海道関連グッズなど多くの方に協賛品をいただき、ひときわ賑わった。 そんなこんなで、北京に戻ってからも北海道の余韻に浸っている。道産品をお土産として配りながら「北海道出身です」と自慢できることをしみじみ幸運に思う。(おわり)

PS:2014年に北海道人会の幹事を引退した 2016年からは旭川を中心としたより深く濃い活動をするために「大雪ナナカマドの会」を運営している。

(おことわり)すべての内容は、当時の個人的な感想です。刻々と状況が変わる北京では、過去の情報は思い出にすぎません。 現在の状況とは異なる場合が多いことを予めご了解ください。