12:福州の日本人ホームレス

2012年10月30日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.12

反日デモの報道の最中に驚くべき記事があった。四十半ばの日本人男性が、福建省福州市の駅で一ヶ月以上もホームレス生活をし、その間周囲の中国人から食事を与えられていたというのだ。 記事によると、彼は三ヶ月間前に所持金1万元(約13万円)程度で中国へ観光に来て、上海などを見てから福州にいる友人を訪ねた。しかし、あいにく友人は用事で日本へ戻っていたため一人で福州観光に向かった。ところが、駅で下車した時に、財布とパスポートを紛失したことに気づいた。言葉が通じないうえ、福州に知人がいないため、そのまま駅に留まりホームレスとなった。周囲の中国人は言葉が通じない彼を気の毒に思い、食べ物を提供していたのだ。これが最初に報道されたのは10月6日付けの海峡都市報だった。続報があったのは、国慶節が終了したあとの10月10日から12日にかけて。大使館の連休が終了し、めでたく(帰国のための臨時)パスポートが申請できる目処がたってからだ。ネット上には本人手書きの感謝の手紙が掲載されていた。手紙には、駅でホームレスをしていた間、福州市民はみな優しく接してくれた。一ヶ月間、食事の時間になるたびに、多くの市民が食べ物をくれ、数日前に冷え込むと厚手の衣服数着もくれたと書いてある。 記事を書いた記者は、既に彼を所轄の派出所へ連れていって(不法滞在にならないために必要な)証明書類の発行を手伝い、日本の上海総領事館にも連絡した。記事はそこまで。その後、この件に関する報道はこちらではされていない。 この話題は、デモのニュースが溢れる中で、中国のツイッターでも話題となった。  「言葉が通じないとはいえ、いくらなんでもこの時代になぜ?」という疑問や、安易にホームレスになることへの批判もあったが、多くは福州市民の人道的な行為を讃えるものだった。  反日デモで暴動をしたのも中国人。彼の財布やパスポートを奪ってホームレスにしたもの中国人。そして彼に食事や衣服を与えたのも中国人だ。日本のワイドショーや週刊誌が根掘り葉堀り報道するのにはうってつけの記事だと思うのだが。。。 (終わり)

(おことわり)すべての内容は、当時の個人的な感想です。刻々と状況が変わる北京では、過去の情報は思い出にすぎません。現在の状況とは異なる場合が多いことを予めご了解ください。

11:ピンチの間にチャンスをつかめ

2012年10月16日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.11

 

日中関係は冷え切ってしまった。  訪日ツアーや出張は軒並みキャンセルとなり、日本航空と全日空両社のフライトキャンセルは計6万席になった。 このような状態では「これだから中国は信用できない」「中国とのビジネスはリスクが大きすぎる」と対中ビジネスからの撤退や規模縮小の動きもあるだろう。まして、平和産業である旅行業界では、重要ターゲットであった大陸の”富裕層”を棚上げして、東南アジア等にシフトする動きも進むだろう。 対中旅行業にとっては大きなピンチだ。 沖縄の琉球新報10月4日付け報道によると、沖縄県はこのトラブルで訪日ツアーをキャンセルした中国人旅行客は4300人で、那覇空港から出発する中国人旅行者の一人あたりの平均消費額8万7910円を踏まえて、損害額を4億円と推定した。 ちなみに、昨年度札幌市を訪問した中国人旅行客は6万4千人。 沖縄発表の消費額をもとに単純計算すると、昨年度一年間で56億円を消費していた計算になる。観光庁(中国では「日本国家旅遊局」という)が発表した4〜6月の中国人旅行客の平均購買消費額17万6534円で計算すると、ざっと113億円だ。 昨年中国から海外旅行をした人は、一昨年より22.4%増え7025万人に達した。だが、そのうち札幌へ来たのは0.1%にも満たない。北海道が人気スポットなのは事実だが、まだ始まったばかり。それでも56億あるいは113億を消費してくれているのだ。 この数字では、中国の海外旅行ブームの恩恵を受けていると言えるレベルにはほど遠い。 一方で中国国内のテレビ番組は、アメリカを旅行する中国人の平均消費額が7000ドル(約56万円)だと発表している。 道内では「中国人はなかなかお金を落としてくれない」と聞くが、実際にはもっと落としてもらう工夫が可能であり、かつ落としやすい人がまだ来ていないということだ。 北海道をより楽しんでもらい、しっかりお金を使ってもらえる作戦を、今のうちに着実に進めることが重要だ。北海道の経済活性化に大きく期待できることをより多くの人が理解して、中国人観光客の歓迎ムードをつくることだ。 そうして来たるべき真の北海道ブームの際には、万全の体制で臨み、気持ちよ〜く消費してもらおうではないか。 (おわり)

(おことわり)すべての内容は、当時の個人的な感想です。刻々と状況が変わる北京では、過去の情報は思い出にすぎません。現在の状況とは異なる場合が多いことを予めご了解ください。

10:反日デモと暴動

2012年10月2日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.10

9月11日の尖閣国有化を受けて中国全土の100ヶ所以上で大小様々な反日デモ活動が行われ、一部は暴徒となった。 私は15日から17日かけて広州に行っていた。市内では道路封鎖が行われていたし、日系コンビニやスーパーの前には警備員が立っていた。 北京に戻ると、報道の通り、大使館周辺や付近のレストラン街はデモや警備、交通規制で混乱していた。  ジャスコでは日本食材コーナーが韓国製品に替わっただけで、通常営業をしている(26日現在、日本食材は販売を再開していた)。  青島のジャスコの割られた窓ガラスや、炎を上げる本田車販売店の写真がネットに投稿されているのを見たが、北京でそこまでの暴動は到底考えられない。  大連ではデモの発生すらなかったそうだ。  しかし山西省の平遥へ行った友人は、(チェックインにはパスポートが必要なため、日本人であることを伏せることができず)すべての宿で宿泊拒否に遭い、怖い思いをして慌てて(北京に)戻ったそうだ。  地域によって状況に違いがあるのが中国らしい。 一部には官製デモだという見方もあるが、それは(北京においては)あり得ない。日本よりも政治家の層も厚く人材も情報も豊富な中国共産党の中央執行部が、(いくらヤラセが得意だとしても)デモ隊を組織して外交カードに使おうなどという安易でリスキーな手段をこの場で選ぶはずがない。 ペットボトルや生卵などを配布したり、政府系の人間が紛れ込んでいたことは考えられるが、デモ隊に交渉可能なリーダーがいなかったからこそ、コントロールに手を焼き、(中国政府から)会社への通達や(個人への)携帯メッセージで広くデモ参加への自粛を呼びかけることまでしたのだと思う。 私の周辺の中国人にはデモの暴動を批判する人が多く、(私や子どもたちの)安否確認や注意喚起の連絡が相次いだ(何年も連絡が途絶えた親戚や、カナダに移住した夫の幼馴染から国際電話までかかってきたのには驚いた)。 新浪微博(中国版ツイッター)には、「医療や就労や住居等すべてに満足して他に問題がなく、本当に暇な人は(暇つぶしに)デモに参加すれば良い」という皮肉もあった。  南京大虐殺を否定する声がある日本に対し、戦後処理への不満があり、記憶として侵略被害経験のある中国で、庶民に対日不信感が根強く残ることは否定しない。 また、日本の反中デモの映像や中華系学校への放火騒ぎの報道を受けて「いま日本に行ったら日本人に殴られる」と心配して、訪日旅行を取りやめる人が相次ぐ現状からも、日本が理解されていないことが窺える。 そのような中で、(売国奴呼ばわりされるリスクもあるのに、敢えてこの時期に)「日本人は親切。嫌な思いは一切していない」と発信を続けている在日中国人たちがいる。我々平民は、そういう身近にいる中国人との相互理解を深め、共感できる絆を草の根でつくるしかないのかもしれない。(おわり)

(おことわり)すべての内容は、当時の個人的な感想です。 刻々と状況が変わる北京では、過去の情報は思い出にすぎません。現在の状況とは異なる場合が多いことを予めご了解ください。