十勝豚丼店・北京に進出

2020年9月8日 北京あれこれ(141)

 このコラムは二〇一四年一月から連載させていただいている。忘れもしない最初の記事は「北京で感じる北海道 日本式焼肉店 松岡」だった。松岡はソラチのタレを使った焼肉や豚丼が人気で、支配人が旭川人ということもあって、ドサンコ仲間はもちろん、特に旭川関係者が集まるときの絶対的拠点だった。肉が苦手な私ですら、まるで家族か出資者のように頻繁に通わせてもらった。

 しかし、松岡で支配人をしていた友人が今年一月に日本に帰国、。の後はコロナの影響もあり閉店してしまったため、私をはじめ多くの仲間が喪失感を抱いていた。

 ところが、長年松岡を足掛かりにして北京内外でソラチのタレを普及させていた李東さんから、北京の原宿とも言える西単エリアで十勝豚丼店をプロデュースして、試営業を始めたと連絡が来た。

 八月十四日、北海道関係者に試食をしてもらいたいとのことだったので、五人の北京北海道人会の仲間と訪れた。彼らは、かつて松岡で何度も会合を重ね、男山で乾杯・ジンギスカン食べ放題・締めの豚丼を一緒に楽しんだ厳選メンバーだ。

 李さんによると、コメはコシヒカリ、仕入れの肉は厳選した上物だけ 八百五十度まで急速加熱ができる特注グリルで香ばしく調理、そして最後はソラチのタレを使った王道の味付け。コストがかかっても一流の品を提供したいそうだ。「松岡ロス」により、本格的な豚丼の味を恋しく感じていたことや、三密回避のため定例会合開催を見合わせている道人会メンバーと久しぶりに会えたという背景もあって、試食会では「感動」という言葉まで飛び交った。一方で率直な意見(例えば、コメをななつぼしか、ゆめぴりかへ変更など)をまとめ、李さんに提案した。

 李さんは、味に関しては安心したようだったが、厨房もホールも全員が新人なので、効率やサービス提供の面で不安があると言った。食材や設備だけでなく、一等地にある人気モール内への出店なので、家賃コストも半端でなく、一日あたり百五十人の集客がないと黒字にならないそうだ。店内は五十席ほどなので、ランチかディナーで二回転させるためには、手際良くサーブしなければならない。ハードルは高い。

 二度目は一週間後、本場・帯広出身の友人と遅めのランチに行った。彼も味には大満足、ビジネス人脈を紹介してくれることになった。この日は嬉しいことに、ランチタイムに会社から地下鉄やタクシーで来たという道人会メンバーに次々と遭遇した。そして、モール内で買い物を楽しむ若者も興味津々な様子で暖簾をくぐってゆく。十二時半には満席となり、順番待ちも出た。結局、この日は目標の百五十人の集客をクリアしたそうだ。正式オープンも宣伝もまだなのに、目標クリアは凄いことだ。

 今年は、友人知人のレストラン閉店が相次ぎ、私自身のホステルも撤退交渉と労使交渉が難航中。フライトやビザの関係で北京に戻れない友人知人もまだ多い。そんな状況下、北海道関係者が直接関わる「本格的な北海道の味」の出現は、多くの関係者に希望を与えたに違いない。

守れないプライバシー

2020年8月11日 あさひかわ新聞(140)

北京新聞によると、新発地市場で新型コロナウイルスの感染者が確認された六月十一日から八月三日までの間に、市内で合計三百三十五名が陽性と診断された。しかし、既に三百三十三名が治癒し、現在の入院患者は二名だけだ。それにも関わらず、検査体制の拡充は止まるところを知らず、市内のPCR検査場は増加の一途で、現在二百二箇所となった。

 私の住む朝陽区では、新規陽性者ゼロが連続四十三日間続いているが、「油断してはならない」というメッセージやスローガンが目につき、今だにマスク無しでは自由に自宅マンションの敷地や建物に入ることができない。市内外への旅行はもちろん、博物館や美術館は事前予約制で開館時間や入場者数が制限されたままだ。停滞し疲弊した経済を救うため、店舗営業への圧力は弱くなった印象もあるが、店内各所の消毒や来店客の把握など衛生部門への報告は毎日徹底しなければならず、感染防止への精神的なプレッシャーは決して弱まっていない。

 市民側も、スーパー等に入る際に「北京健康宝」というアプリを使って行動履歴を残したり、感染リスクが無いことを提示したうえで体温検査をしなければならない。万が一にも陽性となると、立ちどころに個人情報が公開されて感染源が突き止められる。濃厚非濃厚にかかわらず周囲の関係者も突き止められて検査、隔離観察が義務付けられる。ドアの外には住民委員会によって「自宅隔離中、監督歓迎」のシールが貼られる。

 公共(そのなかに自己も含まれるのではあるが)の安全ために、個人のプライバシーを行政側の管理に委ねる日々が続き、それが日常化している。しかし、意識しなかっただけで、実はずっと前から始まっていた。スマホの普及により、出入金や購買・決済履歴、位置情報や移動履歴など、殆どの個人情報がオンラインのデータとして残り、おそらくビックデータに組み込まれているはずだ。いや、もっと前、インターネットに繋いで、サイト見たり検索アプリを使った瞬間から、私の興味や行動は誰かに知られるリスクがあった。極め付けはSNSの利用だ。自他の交友関係や趣味趣向を暴露しているという危機感よりも、情報発信の利便性を優先してしまう。パソコンやスマホに依存し、常にオンライン状態にいる私は、望んだつもりはなくても、結果的にプライバシーの保護を自ら放棄しているのかもしれない。

一難去らずに、ゲストハウス廃業?

2020年7月14日 北京あれこれ(139)

 中国には、「公共の緊急事態のための国家緊急対応メカニズム」というものがあり、自然災害・事故災害・公衆衛生事故・社会保障事故の四つのカテゴリーごとに、それぞれ四段階に区分されている。四級(青)は通常、三級(黄)と二級(橙)は大災害・大事故、一級(赤)は異常事態を表している。

 北京は長らく二級だったが、全人代が無事終わり、六月一日から学校への登校が徐々に解禁されて三級に落ち着き、六月十五日からは全学年の登校が許可されるはずだった。

 ところが、その直前に北京市民の台所、新発地市場のサーモン用のまな板からウイルスが検出されたと報道された。十三日、ほぼ全てのスーパーの店頭からサーモンが消え、あっという間に第二波と思われる感染が拡大した。市内のすべての学校が再び登校禁止になり、一瞬緩みかけていた北京の街角の雰囲気がまた張り詰めた。

 レストラン、理美容、ホテルなどで働く人と、感染者の発生した地区では、PCR検査が半ば強制となった。六月二十四日の報道によると、北京の一日あたりの検査能力は四万人から三十万人に増加し、「少しでも可能性がある人はすべて検査をして早期発見、早期対処」という日本とは全く別の方針で、本気で「コロナゼロ」を目指している。

 ところで、私の管理するゲストハウスは、六月十二日朝、百三十九日ぶりにエントランスの施錠を外して営業を再開した。許可が下りたのは本館部分だけで、満室になったとしてもコストの半分にも満たないが、営業が再開できることの有り難みをしみじみ感じた。

 しかし、七月七日(盧溝橋事件の日)、登記上の所有者である首都経済貿易大学側から、宿泊施設として登記した会社を解散することにしたという連絡があった。コロナを耐え忍び、やっと営業を再開したと思ったら、突然の閉鎖命令。まさに一瞬先は闇なのだ。

 そもそも賃貸は、〇九年に他界した夫が契約したものを、法人代表が人道的配慮で私に引き続き運営させてくれていた。しかし、その法人代表も急逝した。外国人の私は表に立てないので、石家荘の兄に、大学側との交渉を頼むことになったが、どうなることか…。

 夫から事業を引き継いで十一年。三歳だった次男も十四歳になった。この間、嘆いたり悲しんだりする余裕もないくらい「一難去らずにまた一難」や「一難去ってまた三難」の繰り返しで、図太い神経とリスクを察知する嗅覚を養うことができたと思う。最後は感謝の気持ちで清々しくここを去りたいと考えている。

静かな誕生日

2020年6月28日

今日のカフェーバースペース、13時から待機して22時を回ったが結局ゲスト無し。今日は誕生日なので、24時まで待たず日付が変わる前に帰宅としよう。

宿泊のほうは初めて稼働率二桁台に!現在12.73%、小さなことでも喜びを感じられるのは良いこと、幸せな証拠だ。

スタッフのPCR検査、一部はすでに結果が出た。6人中4人、いずれも陰性。2人はまだ出ていない。ちょっと心配。

今日はもう帰る。

熊出没倶楽部、スタート

2020年6月27日

25日(旧暦の端午節)

夜8時から翌朝8時までフロントの夜勤、いろいろ考えた。例年の端午節は、チマキを大量に購入してスタッフ&宿泊客にプレゼントしていたが、今年は資金難なうえに、チマキの値段が例年より高いので断念した。無念。相変わらず客足も全く戻らない。

7月1日を目標にopenしようと思っていたカフェバースペース”熊出没倶楽部”をすぐにでも開くことを決意、ウイチャットのモーメンツにて告知。反応はまずまず、友人知人から声援や冷やかしをもらった、私は強運だ。前向きに頑張らなくては。

26日(金)

朝8時、夜勤が開けて一旦帰宅。着替えたり家事を少しして14時には職場に戻る。17時、「北京うちらなまらファイターズ」の団長が来てくれた。ファイターズの試合を一緒に観戦しつつ、ビール&ハイボール&アイスコーヒーなど、ご祝儀代わりにいろいろ飲んでくれた。感謝!

その後はフロントの夜勤へ。新規宿泊客ゼロ。稼働率はずっと一桁台の前半(涙)。

27日(土)

朝8時、フロントを交代して帰宅。家では簡単な家事をして食事を作って子どもたちに指示を出す。

10時、マネージャーから電話。当局の指示で、スタッフ全員にPCR検査が義務付けられた、本日14時に全員検査機関に行く必要があるとのこと。「とうとう来たか」という思い。レストランで働く日本人知人はすでに呼ばれて検査を受けたと言っていたので、もうすぐうちにも通達がくるだろうと心の準備はしていた。

13時、事務所に到着。毎日フルタイムで働く6人が揃って検査へ行った。結果は48時間後になるらしい。

14時、丁未堂のお頭とカメラマンの田中プロがお花や使えるグッズを持って”倶楽部”にお祝いに来てくれた。時々連絡をして近況の情報交換をしていたが、実際に会えたのは半年ぶり。すごく嬉しかった。感謝、感謝。

19時、そのまま大学校友会の北京支部幹事グループのオンライン飲み会に参加。

21時、お客さんが来ないかなあ〜と、プロジェクターを見ながら待つ。テレビのチューナーに繋いでみだら、玉置浩二ショーが放映されていた。ラッキー!!!旭川で三浦綾子記念文学館設立準備ボランティアの会が主催したコンサート「風と木々のハーモニー」から24年が過ぎた。玉置さんには「旭川劇場」で二日間、夜と昼に二回のボランティアコンサートをしていただいた。歳月と共に物忘れがひどくなったが、あの日々だけは、ほとんどすべて鮮明に覚えている。反省することばかりだけれど。。。

ほぼロックダウン、全市民PCR検査も近い@北京

2020年6月23日

北京から車で出る場合、7日以内に発行されたPCR陰性証明が必要になった。車はダメかと思っていたら次は鉄道、北京からの乗車は同様に証明書がないとダメになったらしい。これって、「陰性証明書がない人は北京から出るな」ってこと。ほとんどロックダウンに近い。隣接する河北省から出勤している人たちは、「毎日通勤していることが証明できれば」検問超えができるそうだ。その証明が面倒そう。。。

ちなみに、PCR検査の陰性証明書の有効期限は7日間。7日を過ぎると無効になるので取り直さなくてはならない。費用は180元(約2700円)程度。

そして、1日あたりの検査能力は4万人から30万人にアップ、6月11日から10日間で234万人分も検査したそうだ。このスピードでは日処理件数100万件も近い。もしも第三波が来たら、北京全市民(全住民)徹底検査も現実になりそうだ。今は検査してもらうにには予約が必要、一週間待ちらしい。

コロナだけでなく、急病や事故などにも通常より気をつけなければならない。病院は基本予約制、発熱を伴う場合、PCR陰性証明がないと診察もしてもらえないそうだ。第二波が発生した「新発地市場」のトップ(地元豊台区の副区長でもあった)が速攻で解任されたスピード感と、検査体制の更なる拡大・充実、政府の本気度をひしひしと感じる。日本のなんちゃって&とりあえず対応を見ていると、未来が危ういのはどっちだろうと悩んでしまう。


営業は再開したけれど。。。

6月12日に営業を再開して10日ほど。コロナ第二波の影響で館内は閑散、昨年の同時期と売り上げを比較すると6.67%ですって!つまり93%減収。4ヶ月休業のあとがこれ。ため息ばかり。

事務所で断捨離。3つあったデスクは1つにして、半分をカフェバースペースに。客室の稼働率が一桁台なので、ドリンクの提供で少しでもアップできれば。。。ただし、今の北京のこの雰囲気では「是非来てね」とは言いにくい雰囲気。政府の発表を待つのが無難かなあ。

昨夜は久しぶりに自家用車で荷物を運んだ。エントランス前は駐車禁止、見つかると減点3点(12点減で免停)と罰金200元(3000円ほど)なので、一旦停めて荷物を出し入れする時は深夜にこっそり。契約している大学敷地内の駐車スペースには入れてもらえないので仕方ない。今は大学が封鎖されていて、車を停めるのには学校長の特別な承認が必要なので。。。おそらく北京の他の学校も同じだろう。

事務所を出ると深夜2時少し前。久しぶりにカーラジオをつけると、ちょうど番組が終わるところで、エンディングに那英の「 相见不如怀念」がかかった。この曲は飛鳥涼さんの「Girl」の中国語版。中国の大物歌手である那英が中国語の自ら歌詞をつけて歌った。歌詞以外、メロディーその他はそのままみたい。

98年から中国に住み始めて、99年に那英のアルバムに収録された中国語リメイク版が大ヒットした時代を過ごした。歌詞は全然違うはずだけ、どメロディーがものすごーく素敵だから中国の人の心にも残ったのだと想う。2020年に6月21日深夜(というか22日午前2時)に一人で運転して荷物を運んで、目の前の現実と格闘していた。しかし、この曲が流れてきたので、反射神経で頭の中の時間が遡って当時の記憶、光景がよぎった。

今日は、感情が込み上げてくるのを抑えきれず、飛鳥さんのオリジナルと那英や张碧晨が歌う中国語リメイク版を何度も聞いて過ごした。それにしても、20年過ぎてもまだラジオで聴かれている、こんな凄い歌を創る飛鳥さんって、ほんとに凄いなあ〜。

営業再開3日目

<北京ディスカバリーユースホステル>

営業を再開したばかりなのに、コロナ再発のニュースと対応で忙殺される。客室の稼働率は7%(泣)、感染防止のために注意を喚起、自分も市場への買い出しは控えよう。実際のところ、最近は安全性の高い、スーパー(イオン、HEMA)しか行っていない。昨日閉店間際のHEMAに行ったら、サーモンすべて姿を消していて、今日はわざわざ「産地買い付け、ブランド直送、供給保障、価格安定を堅持しているので、安心してね」というショートメッセージが届いた。

北京への旅行や出張の制限が始まった。レストランでの会合もダメになった。友人との食事はもちろん、会うのもはばかられる状態に逆戻り。

午後、子ども連れの若いママさんが予約を入れてくれて来店した。当局の指導により、チェックインの際に、体温測定と14日間の行動履歴確認が義務付けられている。ママさんの行動履歴には、感染地域を通過したことが記録されていた。この場合、PCR陰性証明がないと受け入れられない。残念ながらキャンセルしていただくことに。

今日は館内の写真を撮影、内装手直し作業はなし。もうすぐ10時、明日からまた早いのでそろそろ帰宅。

北京でコロナ再発

昨日営業を再開したばかりなのに、北京の新発地市場関係者でコロナが発生。これまでのような外部から北京に来た人ではなく、北京在住の人の感染発覚により、せっかく経済の立て直しに前向きに取り組む雰囲気が一変、緊急体制に逆戻り。

営業を再開しておいてよかったね、と店長に言われた。もし昨日踏み切ることができずに待っていたら、再スタートのチャンスを逃して廃業確定へまっしぐらだったかも(今だって廃業=破産と背中合わせだけど)。

昼間は閉鎖中の別館の内装手直し、壁や壁紙の補修、錆びた水道管のペンキ塗りなど。やることはいくらでもある。

139日ぶりに営業再開

<北京ディスカバリーユースホステル>

138日にわたる営業自粛を経て、本館(13室)のみ営業再開。5月末にすべてのスタッフが戻り、6月1日から開業準備、別館の出入り管理が難しいため許可がなかなかおりなかった。このままでは閉店五ヶ月、そのまま資金不足で廃業となりかねないため、ひとまず問題のない本館(13室)のみで営業することにした。

営業再開の声に、スタッフ全員から拍手をもらった。私よりもスタッフの皆さんのほうが開業を喜んでくれているようだ。私の場合、閉鎖=全額赤字、開業=赤字が減らせる可能性もあるが、いつもの北京ルールいろいろで24時間ハラハラドキドキの生活に逆戻り、万が一にもコロナの感染に関わってしまったら。。。と考えると正直複雑な心境。

138:小中学校が再開

2020年6月9日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.138

 六月一日、中学二年生の次男が北京日本人学校に登校した。だが、全学年で一斉に通学が許可されたわけではない。受験生優先のため中学三年生は五月十一日から、小学六年生と中学一・二年生は六月一日から、小学四・五年生は六月八日からと段階的に通学が許可された。小学低学年への通学許可はまだ出ていない。
 北京市内はすでに「低リスク地区」と判定されているが、学校などはクラスターが発生しやすい環境にあるため、政府は慎重すぎるくらい慎重に少しずつ許可を出している。倒産や失業を抑えるために生産現場などの企業活動はおおむね解禁したが、学校の場合はオンライン授業が定着してきたこともあり、通学の完全回復は後回しになっている。
 以前の登校時には、警備員と教頭先生だけが校門前で子どもたちの登校を見守り、他の先生は校舎内で授業の準備などをしていた。しかし、今は、㈰校門前で児童生徒が持参した毎朝晩の体温や健康状態を記入した表をチェック、㈪サーモグラフィーによる検温を通過して校門内へ、㈫校門内で、非接触型体温計による検温という三段階チェックをパスして初めて校舎内に入れるという徹底ぶりだそうだ。
 次男が前回登校した最終日は一月二十三日。一月に北京日本人学校に転校したばかりで、通学したのは七日間。そして春節休みとコロナ旋風で、実に四カ月以上も自宅にこもっていた。友達を作る機会もなかっただろうから、クラスメートや先生に会えないことをさほど寂しいとは感じていないようだった。それでも、通学するようになって生活のリズムも戻り始めた。学校で先生方や同級生たちと実際に交流することで学べることも多いはずだから、このまま通学が継続できることを願っている。
 話は変わり、私が管理しているゲストハウスは営業自粛による閉鎖から四カ月が過ぎた。六月一日にはスタッフ全員が無事に戻ったが、構造上の原因で営業再開の許可はまだ出ない。周辺のホテルは破産以外は営業を再開し、新しいホテルへの加盟も増えているが、うちは遅れをとっている。
 閉鎖中の四カ月間の家賃は免除されたが、赤字は膨らむばかりだ。コロナの影響で世界中で既成概念や価値観が変わりつつある。私自身は何を守り、何を手放すのか、過去と未来の人生について問われている気がする。

137:北京の「準封鎖」が半解除

2020年5月12日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.137

 中国の新型コロナ制圧情報は疑わしい、公表されるデータは信憑性がない、世界にはそう言う人もいる。

 しかし、北京で唯一「高リスク」として残っていた朝陽区においても、四月二十九日には十四間連続で地元住民の新規感染者ゼロを達成したと発表され、これにより北京市全体が「低リスク地域」となった。実際に翌四月三十日から「準封鎖」が「半解除」された。

 準封鎖というのは、外から北京に入る全員に正確な移動ルートの報告と十四日間の健康観察という名の隔離が義務付けられていたという意味だ。市外からのウイルス持ち込みを防ぐため、団地や建物の進入口を限定して二十四時間体制で監視が徹底され、登録済みの居住者以外は誰も敷地内へ立ち入ることはできなかった。

 半解除とは、湖北省や武漢市からの入境者と海外からの帰国者を除けば、隔離が不要になったという意味だ。これら「高リスク地域」からの入境者は、今後も厳重な隔離・監視体制の下におかれる。ちなみに、特殊な例外を除き、外国人のビザは失効されたままなので、海外から外国人が中国大陸に入ることはまだ許されていない。

 これでやっと、隣接する河北省の実家に行っても安心して北京に戻れる。孫たちに会いたがっている義父母からの強い希望もあったので、子ども達を連れて帰省することにした。

 今年の五月の連休は五月一日から五日まで。連休中は高速道路の通行料が無料になるため、交通量も増えがちだ。さらに、北京の準封鎖が解除されたばかりということもあり、初日の北京へ入る検問所では十一時間待ちだったという恐るべき情報を小耳に挟んでひるんだ。幸なことに六日は次男のオンライン授業が中止になったので、五月四日に出発して、出勤日のため高速も有料に戻り交通量も減るであろう六日に北京に戻ることにした。

 五月四日、北京からの下りは普段通りで、約三百五十をいつものように四時間半でスムーズに走ることができた。途中、上り車線の北京検問付近では八ほど渋滞していた。河北省に入ると、マスクの着用率は八割程度、郊外の住宅エリアでは誰もマスクをしていなかったので驚いた。

 五月六日、朝九時半に出発した。途中、渋滞を避けて一旦高速道路を下りて再び進入する迂回ルートを選択した。再び高速に乗ってしばらく走ると北京入境の検問所があり、体温測定と身分証と運転免許証を提示しなければならなかった。普段ならパスポートと免許証を見せるだけだが、今回はダメ。全員が窓口に行き、パスポートの本人確認と、中国への最終入国日や会社や学校など所属まで細かく確認された。それでも、北京ナンバーの車で、登録している居住地も北京だったので問題にはならなかった。

 その後は驚くほど順調で、結果は予測を遙かに下回る、たった六時間で北京の自宅に戻ることができた。五十歳を過ぎて片道六時間の運転はしんどかった。だが、子ども達は春節にもらうはずだったお年玉をもらって大喜び、義父母も久しぶりに孫たちに会えてとても喜んでくれた。

 半解除となっても、映画館やカラオケ等の娯楽施設、サッカー場やジム、水泳等のスポーツ施設、屋内の文化観光施設、市や省を跨ぐ旅行や、国内外への団体旅行、飛行機とホテルをセットにした旅行業等、まだ再開が許可されていない事業も多い。私の宿は閉鎖して三カ月が過ぎた。全人代が無事閉幕した六月に再開できることを願うばかりだ。

136:武漢解放

2020年4月14日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.136

安倍首相が七都府県の緊急事態宣言を行った翌日の四月八日、湖北省武漢市の都市封鎖が解除された。当時武漢に残っていた九百万人は、七十六日間街の外へ出ることはもちろん、生活物資の購入のための外出すらままならなかった。感染者はもちろん、濃厚接触者など感染の疑いのある場合は、ドアの外へ出ることも許されなかった。

 現在までに、武漢市内だけで五万人が感染し二千五百余人が命を落としている。当初、感染者の急増と、病院に患者があふれて適切な医療も受けられないと発信する人が相次ぎ、人々はコロナウイルスを心から恐れた。政府の通達や指導はあったにせよ、なにより生死に関わる問題だと自ら判断し、危機感や恐怖感を抱いていたからこそ、長期にわたる自主隔離や、何ら補償もないなかでの店舗閉鎖や休業に従うことができたのだと思う。減税や社会保障費の一部減免などは後から出てきた話だし、隔離中の人にも給与などを払えという通達はあるが、企業や個人にいくら給付するとか、補填するという話は未だに聞かない。倒産する店舗や企業、失業する人は続出するだろう。しかし、命あっての今後の生活、命あっての経済だ。

 感染が収束に向かう今、彼らは知人友人の死を悼みつつも、武漢人総出で長い封鎖を乗り切ったという達成感に安堵している。彼らはとても大きな代償を払ったのだ。それを、彼らはウイルスを発生させ拡散したのだから自業自得だとか、被害を受けたから補償しろと責めることは、防御のチャンスはあったのに、あなた自身がその時に適切な措置を取らなかったのだから認識ある過失だと反論することと同様に虚しいことだ。

 ところで、武漢に足止めされた人のうち、北京に戻る予定の人数は統計で一万一千人いるそうだ。封鎖解除を機に、彼らが一斉に北京へ戻れるかというと、実はそう簡単でもない。

 空路の場合、武漢から北京へ飛ぶ直行便はまだ回復していない。他の都市経由で乗り継ぎするしかなく、乗り換えのたびに体温等の厳重なチェックを受けるだろう。そもそも、機内の密閉空間は誰もが避けたいので、現実的ではない。

 高速道路の場合、核酸増幅検査(NAT)の陰性証明書がなければ、通行検査をパスできない。ナビによると、北京まで渋滞なしで約十三時間、約千二百キロだ。そもそも、宿泊せずに移動するのは容易ではないし、宿泊地で安全観察目的で足止めされるリスクすらある。

 鉄路の場合、北京直通の高速鉄道は回復したものの、乗車率は五十%に抑えられ、北京で下車できるのは毎日千人までに制限されている。千枚限定の北京行きチケットだが、七日以内にNATを受けて陰性証明書がなければ購入もできない。購入できても、駅構内への立ち入りや列車内など、至る所で本人確認や体温検査などのチェックを受ける。北京に到着しても、専用のエリア別バスで送り届けられ、自由行動はできない。居住団地に到着後は、担当者に監督義務が引き継がれ、そこで新たに十四日間の完全隔離が始まる。居住先が寮などで完全隔離ができない場合は、指定の隔離ホテル行きとなるが、滞在費用は自己負担だ。感染が確認されれば公費で治療となるが、それまでは自費なのだ。十四日後に再度NAT検査を受け、陰性が確認されてはじめて外へ出ることが許される。

 このように、武漢が解放されたからといって、直ぐに以前のような自由行動ができるわけではない。北京でも、街中に人の流れが戻り、営業を再開する商店やレストランが益々増えてはいるが、政府の監視とコントロールは一向に緩む気配がない。一部の学校ではオンライン授業が始まっているものの、校舎や敷地内へは立ち入りは依然禁止のままだ。

 それに比べて、いまだに日本全体の危機感は薄すぎると感じる。特に旭川は今のところ集団感染も報告されていないようだし、自分は大丈夫だと思う人が過半数なのではないだろうか。何もしなくても今のままで本当に大丈夫かもしれないし、それがベストではあるが、外部から人の流入がある以上、感染拡大リスクは確実に存在している。

 実際のところ、せめて空港と駅に体温測定器を設置できないものか?発熱している人を水際で発見できれば、本人の早期治療のきっかけにもなるし、市民の安全と健康を守る助けになるはずだ。市街へ通じる全ての道路のチェックは現実的でないとしても、コントロール可能な空港と駅ですら無防備のままでいるのは、リスク管理の意識と、想像力が欠如していると思えてならない。

 世界では百五十万人が感染し、死者は十万人に及ぶ勢いで、先が見えない状態だ。とうとう、コロナは環境破壊を止められない人類の動きを止めて地球を再生させるために、地球が自救モードへ入ったサインだという人も出てきた。デマや陰謀論が飛び交い、終末論まで出てきたが、自宅でじっくり家族と過ごしたり、生死や人生を真剣に考えるチャンスとなったたことで、多くの人の価値観や習慣を変化させたことは確かなようだ。

135:北京は最終段階に

2020年3月10日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.135

 三月五日、安倍首相はとうとう中国・韓国からの入国者への隔離を発表した。訪日ビザは失効となるため、中国人と韓国人は事実上入国できなくなる。習近平主席の訪日や、観光産業への配慮もあったのだろうが、時間がかかり過ぎた。

 武漢では少なくとも三週間早く対応できたはず、そうすればここまでひどくなる前に防げただろうと言われている。当初は中国政府も甘く見ていたのだろう。武漢封鎖の直後、中国全土で湖北省、特に武漢から来た人の捜索が始まった。私は宿泊業なので、宿泊客全員に対して、最近武漢周辺に立ち寄っていないかどうかを確認する義務が生じた。もしも該当者がいたら、すぐに体温検査をし、通報しなければならないという通達があったからだ。地方では道路を封鎖して村ごと自己封鎖したり、該当者をみつけて報告すると懸賞金をつけた地区もあった。それほど急激に、誰もが危機感を持ったのだ。

 あれから一カ月以上が過ぎた。食材販売や生活インフラ企業を除き、一週間だった春節休みが二週間になり、三週間へと延長された。食料品以外の物流は止まり、会社は休業、食材購入以外の経済活動ができなくなった。それでも、武漢市民や医療従事者がウイルスと闘っているのだから、自他防衛のためには止む無しと、誰もが自宅に籠もった。

 二月下旬になり、企業活動が少しづつ解禁された。テレワークの推奨や、職場での感染防止対策などの条件もあるが、通勤の車は確実に増え、地下鉄にも少しづつ乗客が戻ってきた。

 三月に入った今も、レストランやホテル等のサービス業は管理会社や上級部門の許可待ちで閉鎖中が多いが、北京の街は息を吹き返そうとしている。ただし、経営者は資金繰りの悪化による破産、社員はリストラ、非正規労働者は生活破綻といった危機に直面していることに変わりはない。それでも、武漢の悲劇に比べれば幸運なほうだ、そう思う人が多いのだと思う。仕事を失うかもしれない危機を悲観するよりも、新しい料理に挑戦したり、免疫力を高めるために運動を始めたりと、前向きに過ごそうとする人が目立つ。それもまた中国の底力なのだと思う。

 北京では着々と収束に向かっているとはいえ、これまでの我慢が無駄にならないよう、最終段階になって管理が更に厳しくなった感もある。通行証の提示や体温検査などの確認が緩むことはない。日本や韓国などの感染拡大によって、外国人への草の根調査が始まった。携帯電話に居民委員会や派出所からパスポートやビザの有効期限、入国日、フライトナンバー、体温などの問い合せがあった。幸い、息子を呼び寄せてから一カ月以上経っていたので事なきを得た。

 日本の感染拡大を心配する声がより多くなってきたことを実感している。友人たちから北海道の実家を心配するメッセージが直接届くようになった。先日は、大量の検査キットを北海道に送りたいという相談もあった。北京でマスクはまだ品薄だが、アリババの創設者は日本に百万枚のマスクをお返しすると発表した。日本の中国語新聞にも「日本人にマスクを残そう」という意見広告が掲載された。中国在住の中国人はもちろん、日本在住の中国人は、より一層日本の感染拡大に心を痛めている。

134:新型コロナウイルスで非常事態(4)

2020年3月3日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.134

 恐れていたことが現実になった。ついに北海道各地で、そして旭川でも感染者が出てしまった。道内でも市中感染が広がっているようだ。

 つい半月前、緊急支援を決めた日本政府や自治体、日本人有志に対し、中国人は心から感動し、感謝と尊敬の念を抱いていた。「日本は礼儀正しく秩序がある社会、中国とは雲泥の差」「日本万歳」くらいに言っていた人たちが、今では「日本の政府って、もしかして中国以下?」「中国政府は権限があるが、日本政府には能力も権限もないようだ」と言い放つ。そして、今では日本と韓国が「感染地」として、入境者は隔離、監視対象となった。まるっきりの立場逆転だ。

 旭川で最初の感染者が「とんかつ井泉」という店名を公表したことは、日本国内のみならず、日本のニュースを注視している中国人の間で高い評価を得た。札幌や函館市長の会見が全国ネット(つまり海外でも)放映される中、いまのところ西川市長の会見を見ていないのが残念だが、井泉のおかげで、旭川の知名度と旭川市民への好感度は着実に高まったと言えるだろう。

 そして鈴木知事が公立小中学校の休校と「責任は私が負う」と宣言したことで「やっと日本にもリーダーらしいリーダーが出てきた」と称賛されている。鈴木知事の経歴や若かりし頃の写真まで飛び交うほどだ。鼻が高くなったり低くなったりで忙しい。

 今後の方向性は大きく二つある。一方はこれまで通り個人の自由や権利を守りつつ、既存のルールに従い、政府からの指導や指示を待って対応するもの。民主主義らしく、手順を踏んで慎重に動くというものなので、一見リスクは少ないように見える。

 もう一方は、緊急かつ高度な政治判断を理由に、個人の自由や権利を侵害することになっても、目前の危険排除を最優先するものだ。例えば中国のように、街を封鎖し、市内は通行制限、民間企業も通勤禁止、学生は自宅学習、病院と生活物資やインフラを維持し、行政と警察は市民の生活と安全を守る盾になる、とか…。

 この荒療治は「自分は関係ない」と思っている人からの抵抗を抑えなければならないため、信念とともに強い権力が必要だ。当然、財政面でのサポートも必要になるので、困窮している財政をさらに圧迫させることになる。やり過ぎだと非難を受けて失脚、悪名を残す可能性もあるから、誰もやりたくない。習近平主席だってやりたかったとは思えない。しかし、手を緩めてしまうと、効果は減少し時間も余計にかかりかねない。

 昨夜、道南に住む友人から電話があった。私にマスクを送った数日後に発熱しはじめて、もう十日になるという。病院に行ってもコロナの検査ができず、出勤できる状態でもないので、やむなく自宅で個室に篭って解熱剤で対処しているそうだ。体力はもちろん、気力を持たせるのが大変らしい。苦しそうな声に胸が詰まった。

 コロナの難点は、知らない間に感染し、無意識下で感染拡大に加担しまうことだ。今や地球上で絶対安全な場所も人もいない。「文化や経済の維持発展は重要ですが、市民の皆さんの命と健康はもっと大切です。市内から重篤者や死者を一人も出さないために、あらゆる手段を取るつもりです。全責任は私が引き受けますから、どうか私に力を貸してください」と言えるリーダーと、信じて従う市民の両方が必要なのだと思う。いま、日本の民主主義が問われている。

(緊急報告・終わり)

133:新型コロナウイルスで非常事態(3)

2020年2月25日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.133

 ●二〇二〇年二月十三日、食材購入のためイオンへ。野菜などの食材はいつも通り山積み。

 食材を職場へ配達し、当直中のスタッフ二名と、隔離中の宿泊客三名全員の無事を確認。

 上海市長の湖北省トップへの異動で感染者の洗い出しが進んだためか、湖北の新たな感染者が一夜にして突如一万四千人超え。真相に近づいただけ、という冷静な反応多し。

 ネットニュースで寄付にまつわる美談が続くなか、極貧の独居老人が全財産を寄付したという記事が相次ぎ「受け取る側の気が知れない」と炎上。

 北京市内の累計感染者は三百七十二名、退院は七十九名(約二割)、他の疾患が原因という一名が増えて死者四名に。

 ●十四日、これまでに全国で千七百十六名の医療スタッフが感染したと発表。感染者総数の約三%。武漢で快復した医療スタッフ十九名が血漿を献血、有効治療への期待が高まる。

 外地から北京へ戻った場合、十四間の隔離観察が強制化、従わない場合は責任追及。ビルや団地などの入り口で本人確認と体温検査の徹底がさらに進み、部外者・マスク不携帯・発熱者は一律進入禁止。抵抗者は通報されて刑事責任。

 北京日本人学校から通知、三月一日まで臨時休校へ。

 ●十五日、食材購入のためイオンへ。のち職場へ配達、全員の無事を確認。

 フランスで湖北省からの中国人観光客が死亡。湖北省黄岡市で、さらに病院二カ所を専門病棟に改造と発表。上海や北京でも建設の噂あり。

 ●十六日、雲南ネットで、百の新鮮野菜と激励メッセージを積んだ救援車両が湖北へ出発と報道。寄付や支援のニュースがあふれ過ぎ、かえって不安に。市内の累計感染者は三百八十一名、うち三割の百十四名が退院。

 ●十七日、食材購入でHemaスーパーへ。生鮮品が豊富でトマトは九品種。この建物のなかで営業しているのは地下のスーパーとユニクロとマクドナルドだけ。ユニクロは顧客ゼロ、マックは配達員が出入り。食材を職場へ配達、無事を確認。

 生活インフラ業種以外も通勤が解禁されたが、引き続き時差通勤、在宅勤務を推奨。

 日本政府が五機めのチャーター便で防護服などの支援物資を輸送。多くの中国人が「もう寄贈しないで自国で使って」とコメント。以前の反応は純粋な感謝だが、クルーズ船の状況と日本国内市中感染のニュースを受けて、「これからは日本がヤバイ」という認識に。

 国家衛生健康委員会によると、湖北省を除く新たな感染者合計数は十四日間連続で減少、初めて二桁台に。

 ●十八日、私が経営するユースホステルの建物を所有する大学側から、外地のスタッフは当面北京に戻るなと指示、業務再開は四月以降の見込みと返答。

 嵐の北京公演が中止に。かつてSMAPの北京公演で強く感じたが、首都北京での公演は良い意味での政治的配慮があったはず。解散前の過密スケジュールのなか、もしもリベンジができたなら、その効果は倍増、日中の友好関係はより強固になるだろう。

 国務院が企業の社会保険料を段階的に減免すると発表。しかし、よく読むと限定的、時間稼ぎで焼石に水と判断。一瞬でも期待した自分の甘さを猛反省。

 武漢武昌病院の院長で、感染により同済病院ICUで治療を受けていた劉智明院長が殉職。既に死亡したナースは、一家六人のうち四人が死亡、二人が病院で隔離中らしい。

 全国で初めて新たな治癒数が新たな感染数を超過、ただし、全国の累計感染者は既に七万人超、うち一・二%は自覚症状もない。北京市内の累計感染者は三百九十三名、退院は百四十五名(約三十七%)、事態が改善していることを信じたい。

 ●十九日、イオンで食材を購入して職場へ配達、無事を確認。宿泊客は来週以降、順次出社予定とのことで今後の隔離封鎖は困難に。よって来月の宿泊延長には対応できないことを通達。予約受付中止を三月末まで延長。

 北海道から届くはずのマスクは、既に二週間以上、東京国際郵便局で足止め中だ。

 新京報は、武漢でこれまでに十二のコンテナ病院が稼働、ベッド数は二万床を超えたと発表。

 ウオール・ストリート・ジャーナルは中国を「真のアジアの病夫」と表現。中国側の抗議、撤回・謝罪要請を無視したとして、政府は北京駐在の記者三名の記者証を無効に。

 中国国内の死亡者が二千人を超える。

 情報隠蔽で被害を拡大した中国に最大の責任があることは明白だ。しかし、日本のニュースを見ていて、対応へのもどかしさも否めない。北京で企業活動の停止命令や移動制限など、強権発動に振り回されているものの、人々の多くは止むを得ないと理解している。被害をこれ以上拡大させず、早く収束させるには、早急な強権発動が必要、そういう状況なのだ。中国人がいま一番心配しているのは日本だ。中国に送り日本国内のマスクが不足していることに、多くの中国人が心を痛め、心配している。

132:新型コロナウイルスで非常事態(2)

2020年2月18日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.132

●二〇二〇年二月一日、食材購入のため、鮮度と高品質で人気の、アリババ・タオバオ系のHEMAスーパーへ。ごく一部の日用品が品薄だがそれ以外は問題なし。特に食材は果物と野菜安売りコーナーが充実、買い物客の数も多く、全員マスク着用を除けば平常通りの印象。

 青少年は感染しないと言われていたのに、北京で生後十カ月の嬰児が感染したと報道された。市内の感染者は百八十三名に。

 中国政府は幼小中高大の授業再開延期に関し、未成年者のいる家庭は出勤開始後も保護者のうち一人は子女看護を理由に自宅待機を認めることと、期間中は通常の給与支払と解雇禁止を通達。これにより中小・零細企業の倒産件数が増えるだろうと推測。

 広西省では、感染の疑いがあるのに申告も感染予防措置も取らなかったとして四十一歳の男を国家安全危害罪で立件。有罪の場合は最悪死刑。

 ●二日、中国国外で初の死者、四十四歳の中国人が昨日フィリピンで死亡。ドイツの感染者十名、アメリカの感染者九名。北京の感染者は二百名を超え、二百十二名に。

 ●三日、北京復興病院のICUで新たに九名が集団感染、うち五名は医療関係者。発表によると、北京の集団感染は四十一件、百二十四人で感染率は五〇%以上、主たる感染源は家族・職場。

 四川省では、武漢から来たことを隠して三十名以上の医療関係者に濃厚接触したとして、六十九歳の男が刑法、伝染病予防法、治安管理処罰法などを理由に責任を追及と報道。

 ●四日、設計から完成まで十日間という突貫工事で建設された武漢の火神山病院が患者の受け入れを開始。国家衛生健康委員会(衛健委)は、死亡例の八〇%以上が六十歳以上の高齢者で、その多くが持病を持っていたと発表。

 長春でも、武漢から来たことを隠し、報告も自主隔離もせずに外出して五人に感染、多数を隔離観察にさせたとする男を国家安全危害罪の疑いで立件。同罪で立件されるケースが各地で発生。

 福建省規律監督委員会は、省疾病予防コントロールセンターの対応不足を理由に百七十名を処分したと発表。たとえ見せかけにせよ、不作為を理由に公務員が大量に処罰されることに驚く。香港で初の死亡者、三十九歳男性。世界の航空会社四十六社が中国便の運休を宣言。

 ●五日、北京市疾病予防コントロールセンターは市内の感染者居住エリアを公表。しかし、公表されたのは一部の新規報に過ぎない模様。私的に回っている内部情報によると、感染者の居住エリアは北京全市にわたり、私の住む団地にも感染者がいる。公表された北京市内の感染者は二百七十四名。

 ●六日、河南省でも十一日間という工期で建設された病院が稼働開始。武漢を統括する湖北省副省長は、これまで中国全土から百七の医療チーム、一万余人が到着し、救命活動に従事していることに感謝を述べる。

 ●七日、食材購入のためイオンへ。シイタケなどの生菌類が品薄と売り切れ、他はすべて購入。

 政府は感染患者の個人負担費用の六割補助、医療関係者の労災待遇、レストランと宿泊施設等の優遇税制、寄贈貨物の関税免除など十二項目にわたる国民優遇政策を発表。人力資源社会保障部が、隔離や治療で業務に対応できない社員にも通常通りの給与を支給するようにと通達。北京の感染者は三百十五名、退院三十四名、死亡は一名(九十四歳女性)増えて二名に。

●八日、衛健委は、統一名称「新型コロナウイルス肺炎」、英語名「NCP」を発表。上海疾病予防業務発表会で、飛沫感染とエアロゾル感染を懸念。国家郵政局が郵便事情は二月中旬に四割以上回復の見込みと発表。

●九日、北海道料理店を経営する友人から連絡。店の前の道路が封鎖され、住民でないと店に近寄ることもできず再開のメドが立たないからと、冷凍のウナギやホッケを無償でもらう。ホッケはもともと入手困難なのでとても有難い。付近の京客龍スーパーで野菜と冷凍食品を購入、食材も顧客もあふれてレジは混雑。

 中国疾病センターは、エアロゾル感染、糞口経路を「デマとは言えないが確認されてもいない」と否定。

●十日、一般企業も出勤が解禁されたため、道路には車が増加。地下鉄の乗車率は一〇%未満と報道。北京の感染者は三百四十二名に。退院は四十八名、死亡は一名(八十四歳男性)が増えて三名に。

●十一日、食材購入でイオンへ。消毒液は山積み状態。食材はチーズ・バター類が品薄だが、他は通常。前回品薄だった各種のキノコ類も豊富に陳列されている。買い物客は普段より若干少ない程度。封鎖中の職場に食材を届け、異常なしを確認。帰宅途中、マスクを顎にかけた半グレ男女がマクドナルド前でブラブラしていたが、誰かに通報されたのか、警察官三名に連行されるのを目撃。全国での死亡者が千人を超える。北京の感染者は十人増えて三百五十二名に。

●十二日、朝日新聞がネットニュースで「白菜一個が千円」と物価の高騰を前夜に報道。北京在住の友人から「不安を煽る記事だ」と連絡。一応フェイスブックで反論してみる。SARSの時は食塩がなくなるというデマで全国で買い占めが起きて高騰したが、今回は食料品も日用品もほぼ平常通り。市民生活を守るために政府が目を光らせているものの、スーパーの関係者が普段以上に努力していることも強く感じる。

 外務省が、中国全土の邦人向けに一時帰国の至急検討を発表したため、スマホには関連情報が飛び交う。日本への帰国が待ち遠しい人もいるだろう。しかし、感染しても自覚のない場合や、検査で判別できない場合があるので、帰国してもバラ色の生活とはいかないだろう。おそらく、周囲に心配や迷惑をかけ、自身もやり切れない思いが倍増する、そんな予感がする。 

 十三日午後四時現在、全国の累計感染患者は五万九千八百九十五名、うち重症患者は八千二百四名、死亡は千三百六十八名。北京は累計患者三百六十六名、治癒は六十八名、死亡三名。

131:新型コロナウイルスで非常事態(1)

2020年2月11日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.131

 ●二〇二〇年一月十九日夜、仕事が終わり帰宅すると、旭川から北京へ呼び戻したばかりの次男が、三十九度を超える発熱でぐったりしていた。コロナについては知っていたが、関連なしと判断。

 ●二十日、病院へ連れて行くか迷ったが、流行中のインフルエンザウイルスを拾う恐れがあり躊躇。ひとまず学校を休ませ、薬を飲ませて自宅で看病。午後、果物を買いにイオンへ行ったが、誰もマスクをしていない。春節直前で食材も贈答品も大量に陳列してある。夕方、熱が下がり、私は打ち合わせのため外出。日系の飲食店も含め、いずれも通常通り営業中。

 夜のニュースで、習近平首席が新型コロナウイルスに関する指示を発表。春節の雰囲気が一変してなんとなく不穏な空気に。ただし、SARSに比べて致死は率低く切迫感なし。北京市内の感染者五名とのこと。

 ●二十一日朝、次男が完全に快復した。咳はなかったが、念のためマスクをつけて学校へ。マスクを入手しようと、イオンへ寄ったら残り三袋。一袋三枚入りで日本円で千二百円。高いなあと迷っているうちに残り一袋に。ひとまず購入。食材やほかの日用品の在庫は十分。マスクの着用率は半数以下。北京の感染者は十名。

 ●二十二日夕方、再度イオンへ行ってマスクを確認、入庫は無し。イトーヨーカドーにマスクがあると聞き、直行。三種類のマスク、消毒液などがあり。大量にあるので奪い合う雰囲気もない。マスクを三十袋(約二百枚)とフロント用に手洗い用と拭き取り用消毒剤を購入。インターネットで赤外線体温計を購入。

 ●二十三日、北京日本人学校の春節前最終登校日。教員は全員が、学生と保護者は過半数がマスク着用。春節休暇は一週間、三十一日から授業再開の予定。内装用の資材量販店へ行き、隣接するカルフールに寄る。駐車場は通常通り、駐車スペースの空き待ちで待機。店内は人だかり、マスクは品切れだが食材は豊富、レジ待ちで三十分以上、マスク着用はまだ半数程度。

 同日、北京市文化観光局が、市内の大型イベント開催中止、特に二十五日(旧暦の正月一日)から予定されていた縁日の市は全て中止、故宮や国家博物館などの名所も閉鎖を発表。航空局が購入済みフライトチケットのキャンセル無料を通達。この通知を境に、北京全体が明らかな危機感に包まれた印象。ホステルの宿泊滞在客は十名程度、毎日出入りしている。新たに上海経由のオランダ人二人もチェックイン。私はこの日から夜勤の当直、万が一のことを想定し、緊張して一睡もできず。北京の感染者は二十六名。

 ●二十四日朝、徹夜のせいか体調が思わしくない。毎年この時期は発熱して寝込むが、心配かけるので帰宅。夜には三十九度を超え、翌日も熱が下がらず結局二日間寝込む。ホステルでは、オランダ人の宿泊客が予定を十日も早く切り上げて帰国。他の予約もほぼチェックアウト済みか予約キャンセル。残るのは長期滞在の三名のみ。感染リスクを抑えるため、新規宿泊客の受け入れ中止を決断。中央政府より今年の春節は集まるなという御達し、北京政府は最高警戒レベルを発表。感染者は三十六名。

 ●二十五日、感染者は五十一名。

 ●二十六日、体調が快復。イオンで食材を買い、ホステルに届ける。長期滞在で北京で働くウクライナ人が発熱していると聞き慌てる。彼は自発的に通院し、「肺炎でない証明」を取得。感染者は六十八名。

 ●二十七日、国務院が春節休暇の延長を発表。出勤は一月三十一日から二月三日へ。市内各地の団地や職場、ビルで出入り制限(発熱検査、入居者確認、移動ルート報告など)。感染者は八十名、死亡一名。

 ●二十八日、航空局が無料キャンセル延長を発表。二月末まで北京を通過する四十一列車の運休を発表。感染者は九十一名。

 ●二十九日、北京日本人学校から通知あり。政府からの通達を受け、当初三十一日の授業再開は中止、春節休みは二月十六日まで延長。ただし十七日に授業再開できるとは限らず、再開日は未定とのこと。北京でマスクを高額販売していた薬局が摘発されて罰金三百万元(約四千七百万円)。感染者は百十一名。

 ●三十日、北京の地下鉄全線で体温検査を実施、マスク着用を呼びかけ。感染者は百十四名。

 ●三十一日、北京政府から通達。医療や生活インフラ等必要不可欠な企業を除き、二月九日以前の出勤禁止、自宅作業を推奨。湖北省から戻った人は十四日間以内の出勤禁止。感染者は百三十九名。

 二月六日現在、北京市内の感染者は二百七十四名、死亡一名、治癒三十一名。

100:中国人とスマホ

2017年7月11日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.100

6月18日、フィール旭川7階で「いろんな角度から中国に触れよう」という集いが開催された。私はイベントでは常に裏方で、人前で講演するのは初めての経験だった。伝えたかった内容が、果たしてどこまで理解してもらえただろうか。早口で聞きづらかったと思うが、最後に旭東高のM教諭がわかりやすく総括してくださったのが救いだった。

私が特に伝えたかったのは、中国の変化のスピードだ。三年前とはまるで別の国なのだ。GDPが日本の3倍と言われる国は、すでにいろいろな面で日本より進んでいる。実際に見て体験しないと、その凄さは実感できないだろう。

講演当日、時間の関係で説明不足になった部分をここで補足したい。

まず「決済システム」について。いま中国ではスマホアプリのAlipay(アリペイ)またはWechat(ウイチャット)で、日常のほとんどの支払いが可能だ。スキャンするだけで送金が完了するため、手間も時間も釣り銭も偽札の心配も不要で、返金もスムーズ、外出時に現金を持たない生活になりつつある。

(Alipayの画面)

レストランも、ほぼすべての店でスマホで決済可能で、注文と決済の両方がスマホでできる店も増えてきた。

(Wechat の”お財布”画面)

カードでの支払いが、偽造や紛失、決済までのライムラグなどがあるのと対照的だ。個人への振込も口座番号が不要で、ネットバンキングより格段に便利。タクシーも旅行もネットショッピングもケータリングも、自動販売機や市場での買い物まで、なんでもスマホで手軽に決済できる。北京に戻って見た広告の文章「近い将来、コインは使うものではなく、収蔵するためののになる」が現状を象徴していると思える。

次に、「中国人は病院でもどこでも携帯電話で大声で話す」について。

中国では病院、レストラン、またバスなどの車中で携帯電話を使ってはいけないというルールがない。騒音があればより大声で話すのが自然の流れだ。

特に病院では、緊急事態が発生したら連絡するのが当然で、逆に日本の病院で携帯電話を使えないことが「なぜ?」と話題になった時期があった。

各種会員カードやポイントもすべてスマホの中にある。中国人にとって、いまやスマホは「生活の一部」だ。スマホを制するものが中国ビジネスを制する、と言っても過言ではないかもしれない。(おわり)

 

99:中国の大学入学試験「高考」

2017年6月13日 あさひかわ新聞 北京あれこれNo.99
 今年も「高考(Gaokao)」の季節がやってきた。
 今年は六月七日からの二日間(地域によっては三日間)、特別な時間が流れる。夕刊紙「法制晩報」によると、今年北京市内で高考を受けるのは六万人。九十二カ所の試験会場が設定されたそうだ。
 高校生が脇目も振らず毎晩深夜まで勉強する真剣な姿を見ると、頼もしさよりも悲哀を感じる。なぜなら、留学という選択肢が持てない家庭では、高得点を取って名門大学に入学することが、一生を変える唯一の突破口だと信じられているからだ。だから高考は、本人だけのものではなく、家族にとっても最重要なのだ。
 試験会場周辺の交通整理、付近での騒音やクラクションの禁止など、まち全体どころか国を挙げて受験生に配慮する。かつて遅刻しそうな受験生を送るために信号無視したタクシー運転手がいたが、許される空気だった。とにかくこの期間は、無関係の市民ですら、受験生のために協力するのが当然だ、という雰囲気に呑(の)まれる。
 そんな国民的な重要試験で、絶対にあってはならないのが不正だ。しかし、これまでも試験問題が漏洩したり、替え玉受験という問題が起こってきた。そしてIT時代のいま、ハイテク機器を駆使した不正が行われる危険性が高まっている。
 主催者側も必死だ。北京では、試験問題が印刷工場から試験会場に輸送するまでGPSで位置と状況を監視し、公安や武装警察が警備する。試験問題の保管室には死角なく監視カメラが設置され、二十四時間体制で当直がつく。さらに夜間の抜き打ち検査、電話による担当者への勤務確認なども行われる。
 ほかにも、試験会場に入る際の顔認証と指紋認証、静脈認証、無線用隠しイヤホン探索機、電波遮断機、無線電波測定車などが配備されたという。全会場でこれらすべてが運用されたとは思えないが、市民に「不正防止にこれほど真剣」との印象を与えることはできただろう。
 不正根絶の決意と実行力は想像を超えている。試験期間中は会場内だけでなく、周辺の電波までも遮断してしまった。試験初日の夕方、私の携帯電話にも「試験期間中は無線電波遮断機が起動しているため、通話やインターネットに支障が見られる。試験終了後は速やかに回復するのでご理解を」とお詫びのショートメッセージが届いた。電話会社にクレームを言う市民がいても、高考対応だと知ると「それなら仕方あるまい」とすぐに納得するはずだ。受験生という“子ども”への理解と期待、その懐の深さが、いかにも中国的だと思う。